ダルエスサラーム便り

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タンザニア歳時記・No.13
盛り上がらなかったアテネオリンピック



金山 麻美(かなやまあさみ)



 アテネオリンピックも終わりましたね。
今年は日本は、メダルラッシュだったそうで、オリンピックで大盛り上がりだったことでしょう。「国民栄誉賞をばんばんだそう!」とかいうお軽い首相もいることだし。

さて、こちらタンザニアでは、開催中も「オリンピック?やってるみたいだねえ」という雰囲気でした。一応、テレビでは我が家で確認できる8チャンネル中、1つのチャンネルで一日おきくらいにライブ放映してはいました。しかし夫が楽しみにしていた女子マラソンのライブ放映はありませんでした。ユーロのサッカーリーグのダイジェストかなんかをその代わりに流していました。

なぜそんなに盛り上がっていないかというと、タンザニアはオリンピック参加選手が約7名くらいとぐっと少なく、またこういってはなんだけど、メダルが取れるほどの活躍が期待できなかったから。また、一般のタンザニア人にはなじみの薄い競技が多いので、興味が湧かないということもあるのでしょう。

オリンピックにタンザニアの選手が出場し始めたのは、8月20日になってからでした。オリンピックが13日に始まってからなんと1週間以上たっています。

20日のスワヒリ語新聞のスポーツ面の一番下の欄に控えめに「タンザニアがメダルの取れる競技に参加する」と見出しがありました。男子陸上の1,500m、10,000m、女子の5,000mにタンザニアの選手が出るのです。

さて、20日の晩、タンザニアの選手が出るなら応援しようではないかとテレビの前に陣取りました。男子陸上の1,500mは予選だったので、何組も走りますが、タンザニアの選手は一行に現れません。最後の組になってやっとタンザニア選手の名前が出てきた!と思ったら、姿かたちは探せど見えず、なんだどうしたと思っていたら、棄権した…ということでした。がっくり。

その次は、男子の10,000mです。もう11時を過ぎてさすがに眠くなってきたのですが、ここまできたら、後には引けません?今度はいきなり決勝なので、もしかしたらメダルがとれるかもしれないし…。

タンザニア人選手は、2人参加していました。初めて見た黄緑のユニフォーム。そのうちの1人は、レースの最中に3位まで上がってきたりしたので、期待できるかもと思ったりもしたのですが、もう一人は途中で転んで棄権してしまいました…。残った1人は結局10位でゴール。20数人走ったうちで、10位という記録は悪くはないのですが、上位に入ったのが、エチオピア、エリトリア、ウガンダとタンザニアの近隣国の選手ばかり。それも圧倒されるような素晴らしい走りでした。同じアフリカなんだから、タンザニアももうちょっと頑張れよ~とちょっとやきもき。

翌日、その話を周りのタンザニア人に振っても「ふーん、そうだったの」とあまり気のない返事をする人がほとんどでした。

裸足でサッカー一昨年のサッカーのワールドカップの時は、タンザニアは出場していなかったけれど、アフリカ勢の試合となると、食堂のテレビの周りなどもすごい人だかりでした。アフリカのチームが得点を決めると、大盛り上がりだったし、日本人の私を見ると「ナカタ、イナモト」と連呼するタンザニア人もいたりしたのです。

サッカーはタンザニアの老若男女問わず、大人気のスポーツです。近所の道端でも小さな子供たちが布を丸めたボールを裸足で蹴って走り回っています。今回もオリンピックよりユーロ2004のほうが、タンザニアでは話題性があったようです。

タンザニアでのオリンピックはそんなふうに盛り上がらないまま、いつの間にか終わってしまいました。

   

(2004年9月1日)




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