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タンザニアからの手紙 No.12

マウンテンゴリラに会いに行く その1



金山 麻美(かなやまあさみ)



マウンテンゴリラ  大ざっぱに言って全世界にはだいたい700頭くらいのマウンテンゴリラ*がいるそうだ。 彼らはウガンダとコンゴとルワンダの国境をまたがるヴィルンガ火山群と今回私が訪ねた ウガンダのブウィンディ国立公園に分かれて住んでいる。ブウィンディ国立公園には約320頭のマウンテンゴリラがいるという。
 320頭!私の中学時代の全校生徒数より少ないではないか。マウンテンゴリラは絶滅の危機に瀕している生き物なのだった。

村の道  深い深い枝や茂みを分け入っていった森の奥にゴリラたちは住んでいるのだと思っていた。私たちを乗せた車はウガンダの首都カンパラを出て、途中クィーンエリザベス国立公園に寄り、ブウィンディ国立公園の入り口のブホマを目指していた。延々と舗装していない道が続き、そのうち九十九折の山道となる。でも、行けども行けどもバナナの畑とその間に埋もれるようにして建っているレンガ造りの小さな家が続く。
 そうなのだ。国立公園のすぐ入り口近くまで民家は続く。見渡す限りのバナナやお茶の畑も続く。ゴリラたちの森のすぐ近くまで集落は迫っている。
 こんな環境でゴリラたちは大丈夫なのだろうか?と心配になる。

 マンタナテントキャンプ  最初の晩は公園の入り口のちょっと外にあるマンタナ・テント・キャンプで泊まる。シャワーのお湯もスタッフがいちいち沸かしてくれ、トイレは用を足した後、砂をかける方式。ソーラーシステムのおかげでテントの中の灯りはついた。静かな森の奥にいるような気分で眠りにつく。

 翌朝6時半に起き、ミルクと砂糖たっぷりのチャイと朝ごはんをいただき、トレッキングの集合場所に出発。用意してきたゴリラ・トレッキング・パーミット*とパスポートで参加の手続きをしたあと、8時から公園のスタッフによるブリーフィング(説明)が始まる。広場にスタッフを中心にして円を描くように20名ちょっとの参加者が集まる。白人の参加者がほとんどだ。ウガンダ人のスタッフはゆっくりとした英語でジェスチャーも交えて説明してくれるので、比較的わかりやすい。内容はこの国立公園のこと、パーミットのお金がどうやって使われているか、ゴリラに会えなかった場合などの返金のシステムや、どうしてこのゴリラトレッキングを知ったかという質問もされたりした。トレッキング1回US$360というめっぽう高いパーミット料金は公園の整備だけでなく、周辺地域のためにも―学校を作ったり道路を整えたり―ということにも使われているということだった。ゴリラとの共生をめざすのだ。地域のコミュニティの若者たちがポーター候補として集まってきていた。説明したスタッフもコミュニティ振興のために必要な人は是非雇って欲しいということだった。
 最初はポーターの必要性なんて考えてなかったが、そういうことなら頼んでみようかなあと。

公園の集合場所  ブウィンディ国立公園で観察できる(人慣れしている)ゴリラのグループは5組だそうだ。そのうちの3組がブホマからのトレッキングのためで、もう1組はブウィンディ国立公園のもう一つの入り口のルヒジャから入る人たち用。あとの1組は研究者のためのグループということだった。

   1グループにつき、1回のトレッキングに8名までしか参加できない。ゴリラに会える時間も1時間と決められている。その他、7m以上近づいてはいけないとか、いろいろ決まりがある。
私と日本人の同行者たち、計3名が会いに行くグループは一番数の多い23頭いるHabinyanjaグループ。なんと生後2週間半の赤ちゃんゴリラもいるそうだ。ガイドは20代半ばと思われるジョンさん。ひょろっとしているけど、ガッツがありそうな感じ。ほかの参加者は、スウェーデンとオーストラリアから来た40歳前後のカップルが2組の合計7名だった。
 私の荷物(といっても飲み水とランチボックスとレインコートくらいだが)をお願いするポーターはジョンソンさん。彼も20代だろう。小柄でほっそりした人だ。若い女性のポーターもいた。

 Hグループのゴリラはちょっと遠くにいるということで、最初は車で移動することになった。なんと集合地点から22kmも離れた場所まで車で行くのだと。すでに先発のトラッカーたちが森に入っていて、ゴリラの居場所の情報をガイドと無線でやり取りするのだ。車はカンパラからずっとチャーターしているハイエースを使った。それぞれの参加者はそれぞれの車で移動する。車で来ていない人はどうするのだろう?きっとどこかの車に「お願いね」って乗せてもらうことになるのだろう。

ガイドのジョン   私たちの車にはお願いしたポーターたちと共にラッキーなことにガイドのジョンも乗り込んでくれた。助手席に乗ったカーキ色の帽子をかぶったジョンを後ろから見ながらワクワクしてくる。いろいろ話を聞けるぞ! 
  A…わたし J…ジョン
A「思ったよりも村がゴリラの森のすぐそばまで来ているけれど、ゴリラが村に下りてきたりすることはないの?」
J「まれにあるけれど、周辺の村の人たちはゴリラのことを知っているので、そういう場合は、慌てたりせずに、村の人たちがすこしずつゴリラを山へ戻るように誘導するんだ」
A「グループの名前のHabinyanjaという意味は?」
J 「そのグループが主に住んでいる場所の名前を取ってそう呼ばれているんだ。ほかのグループ、Mubareは8頭、Rusheguraは18頭いるよ」
J「ゴリラはベジタリアンなんだけど、サファリアントも食べるんだよ」
A「どうやって食べるの?」
Bwindiの山 J「グワッシって感じでアリたちを手づかみするんだ。そのまま手につかんだアリを口の中にほおり込む。でもその間に何匹かのアリが手のひらから這い出して腕伝いに登ってくるんだ。それをゴリラがすっごい慌てて一つ一つ腕からつまみとって口に入れるんだよ。なんてったって噛まれたら痛いからね」
 ジョンがゴリラのしぐさを真似しながら話してくれるので、大笑いしてしまった。実際のシーンを見てみたいものだと思ったけれど、それはさすがに叶わなかった。

 そうしているうちにトラッカーから無線が入る。それまでこちらとの会話は英語だったのに突然スワヒリ語で「Uko wapi?」(どこにいるんだ?)などと話し始めるジョン。私たちの車のドライバーは「スワヒリ語は聞いて分かることがあるけど、話せないなあ」と言っていたので、久々に(といっても5日ぶりくらいだけど)スワヒリ語を聞いてうれしい気分に。
A「どうして無線ではスワヒリ語になるの?」とスワヒリ語で聞いてみた。
J「ウガンダでは公的な用事のときはスワヒリ語を使うんだよ」
というスワヒリ語でのお返事。ジョン自身の母語はルジガ(聞き取りがあっていれば…)という言葉だということだった。

 山道を40分くらい揺られただろうか。途中もしばらく民家と畑の続くところを走っていたが、緑の色が濃い鬱蒼とした木々でいっぱいの山が見えてきて 「さあ、いよいよだよ」とジョンが言った。

 車を道の端に停め、歩き出すことに。ポーターのジョンソンにリュックを預けた。彼は地元の村の農民で週1回だけこうやってポーターをやっているということだった。ほかにも学生だというポーターもいて、ポーターは専門職ではないようだった。これは、地域の人たちがじかに守るべき自然と接してその大切さを実感するためにも有用なことだなと思えた。実際、ジョンソンは道すがら、ゴリラの好きな食べ物を見つけると教えてくれたし、ゴリラの声がかすかに聞こえてくるといち早く私に知らせてくれた。なによりも若い男の人に荷物を持ってもらった上に滑りやすい所では、手を引いてもらったので、気分が良かったことは言うまでもないだろう。

ゴリラのベッド  藪を切り開きながら湿った植物の間を歩くこと約5分程で少し開けた場所に出た。ジョンが立ち止まった。
「これを見よ!昨晩のゴリラたちのベッドだ」
足元を見ると大きめの葉が敷き詰められた寝心地のよさそうなベッドがあった。ベッドの脇には新鮮なでかいウンコも。顔を上げるとちょっと離れたところにもまた別のベッドが見えた。
「これは、この近くにゴリラたちがいるということなのだ」
と、ジョン。ゴリラたちはチンパンジーと一緒で毎晩新しいベッドを作り、そのベッドでは一度しか寝ないそうだ。
 一気に期待が盛り上がる。再び覆いかぶさる木々をかき分け、少し歩くと、ちょっとだけ開けたところにカーキ色の制服を着た人が3人いた。ジョンが彼らに挨拶をした。
「この人たちはトラッカーで朝早くから森に入り、ゴリラの居場所を探していたんだ。もうHグループはすぐそこにいる」
えええ。すごい、車を降りてから10分も歩いてないぞ。こんなのでトレッキングといえるのか。

ジョンとトラッカー  その場にカメラ以外の荷物を置いていくように言われる。会話は声を落としてするようにとも。
ポーターたちは荷物番で残り、ジョンとトラッカーと参加者たちがもう少しだけ茂みをかき分けて進むと…ちょっと手前の木に黒い影が!! 
(つづく)

* ゴリラは、西ローランドゴリラ、東ローランドゴリラと今回のマウンテンゴリラの3種類がある。マウンテンゴリラは飼育下では生きられないらしく、動物園で見ることはできないということだ。

* ゴリラ・トレッキング・パーミットは前もって予約が必要だ。一回US$360。7~9月、年末年始などのピークシーズンにはかなり前から予約しないと取れないこともあるという。5、6月は比較的すいているそうだ。

* 今回の旅はカンパラの提携旅行社 Greenleaf Tourist Clubで手配してもらった。

* 山極寿一氏著「ゴリラの森に暮らす」(NTT出版)と「ジャングルで学んだこと」(フレーベル館)を参考にさせていただいた。

                                                       (2006年6月15日)


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