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タンザニアからの手紙 No.14

マウンテンゴリラに会いに行く その3:~ネイチャーウォーク~後編



金山 麻美(かなやまあさみ)



滝  滝の前に木製の簡易ベンチがあり、滝のしぶきを浴びながらしばしの休息。高さは3から4メートルくらいだろうか。それほど大きくはないけれど、勢いがよく清清しい滝だ。目を閉じてもういちど滝と森の匂いを深く吸い込んだ。
呼吸が整うか整わないかのうちに、デビッドが「じゃ、行こうか」と言い、来た道を戻り始める。もうちょっと休ませてよと思ったけど、あまり長居すると動きたくなくなりそうなので「ま、いいか」と後に続く。

 私は汗汗のヘロヘロ状態だったが、それでも森の中にいるのが嬉しくて仕方なかった。あのときの気持ちをなんて表現したらいいのか、うまくいえなくてもどかしいけれど、「生きているのだ」ということが芯から実感できたと言ったらいいのだろうか?たぶんこの森が100万年以上も前の太古からたくさんの命をつないできたことと関係あるのかもしれない。命の源であるこの森。その中で、呼吸をしているとき、理屈ではなく、体で感じることができたのだろう。生きている喜びを。

 ナショナルパークの中はゴミが落ちていない。帰り道でキャンデーの包み紙が一つだけ落ちているのを目ざとく見つけたデビッドが、パッと拾い上げた。近くの村人がときどき入って捨てていくことがあるという。近隣の学校やコミュニティで環境を守ろうとキャンペーンしているので、だいぶこういったことは少なくなったということだった。園内の果物も人間が食べても美味しいものがたくさんあるのだが、動物たちの餌になるので、取ってはいけないし、公園関係者がつまんで試しに食べるのもだめだそうだ。デビッド曰く「ちょっと食べてみて美味しくて止まらなくなくなると困るだろう?」。
今年はゴリラの好きなセロリ系の植物も豊富でなかなかいいということだ。

レインフォレスト  道の曲がり角に、荷物と男たちがまだ同じ場所にいた。次に来る研究者は新人なので道を知らないからここで待っているようにと言われたのに、いっこうにやって来ないとのことだった。彼らは近隣の村から雇われてきている人たちらしい。デビッドが無線を持っているので、事務所にどうなっているのか聞いてほしいという。彼らもデビッドにはスワヒリ語で話していた。だから話の内容がわかったのだ。
地元の言葉、スワヒリ語、英語が混じって飛び交う不思議な世界だ。
無線がうまく通じず、中の一人が伝言係として事務所まで戻ることになり、私たちと一緒に歩く。だぼだぼの半そでTシャツにビーチサンダルをタパタパいわせながら歩いている伝言係の彼が私たちの背後で
「tumesubiri muda murefu na tumeumia matako…」(長く待ってたんでオケツがいたいよ)
とスワヒリ語でぶつぶつ言うのが聞こえてきた…。

 デビッドのようなブウィンディ国立公園のガイドは30歳前後の人がほとんどだということだ。かなりの険しい山を連日のように登ったり降りたりするのだから、かなりの体力が必要だろう。
「将来はどうするの?」
とデビッドに聞いてみたらでっぷり出たお腹を抱えて公園事務所のお偉いさんになってデスクワークしているはずなのだと。まだ結婚もしていない彼の夢はもっと大きくてもいいのになと思わないでもないけれど、ずっと今のように自分の仕事に誇りと喜びをもって続けて行ってくれるなら、その選択もなかなか明るい未来へとつながるのではないかとも思った。でっぷりお腹は余計だけどね。

記念撮影  鬱蒼とした森から両側にところどころ民家のある場所へと戻ってきた。長い心地よいトンネルを抜けたような気分だ。最初の集合場所にもどり、デビッドと兵士二人(名前を聞いたのに忘れてしまった…)の記念写真を撮って「ありがとう」と別れた。いつかまた会えることがあるだろうか…。

 ブウィンディナショナルパークには大いなる森とゴリラをはじめとする多くの生き物たちがいる。そして、それを自慢にし、彼らと喜んで共存していこうとするたくさんの人々がいた。
観光地化されるとその土地の人々はすさんでくるというケースが多いけれど、自分たちの文化や自然に誇りを持ち、それらを胸を張って、旅行者たちに紹介するということならば、旅行者に媚びる必要はないし、金をたくさんふんだくってやろうと虎視眈々することもないのだ。ありうべき観光地のひとつの素敵なモデルに出会った気がした。

 今回、ずっと一緒だったドライバーさんをはじめ、それぞれの場所で出会ったウガンダの人々に気持ちのいい人が多く、自然の豊かさも重なって、ウガンダという国がますます好きになる旅だった。

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                                                  (2005年8月1日)



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