ダルエスサラーム便り

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タンザニアからの手紙 No.34

カンガをめぐる物語ー1 「カンガの誕生」



金山 麻美(かなやまあさみ)



  カラフルなカンガ  カンガはタンザニアの現在進行形の民族衣装だ。ケニアでもポピュラーで、モザンビークでも売られているのを見たことがある。ダルエスサラームの街中にあるカンガ問屋街には、月曜日になると買い付けの人たちがたくさんやってくる。聞くところによるとタンザニアの地方からだけでなく、コモロなど外国から仕入れに来ている人たちもいるということだ。

 カンガは110×160cmくらいの長方形の同じデザインの布が2枚組になっているもの。周りを縁取りするようなデザインで、スワヒリ語の文章が書いてあるのが特徴だ。1枚ずつ切り離してフチ縫いをして使われることが多い。現在1ペア(Doti moja)Tsh3,500から4,000くらい($1=Tsh1,300くらい)である。

   便利な布で、冠婚葬祭のときの正装にもなるし、赤ちゃんの負ぶい紐にも、エプロン、バスタオルやシーツの代わりにもなる。だいたい腰の周りに一枚、スカーフのように頭から肩にかけて一枚、使われることが多い。結婚式などお祝いの時には、おそろいのカンガを出席者の女性たちが巻いたりもする。

KANGAS 101 USES  「KANGAS 101 USES」というカンガの着方、使い方を101通り紹介した本によるとカンガの歴史は比較的新しく19世紀半ばに東アフリカの海岸沿いで発祥したということである。これによるとザンジバルのおしゃれな女性たちが、通常は切り離して売られるハンカチーフの印刷された布を切り離される前に購入し、2枚ずつ切り離して他のデザインのものと縫い合わせるなどして、現在のカンガに近いようなサイズの布を作ったということだ。その新しいスタイルはレソ(LESO)と呼ばれた。(そのハンカチはポルトガル商人がもたらしたものだそうだからポルトガル語起源だそうだ。LENÇO=ハンカチーフ)

Jambo Africa! http://www.worldtimelines.org.uk/world/africa/eastern/AD1500-1850/portuguese
(レソに使われたハンカチがイメージできます)

ホロホロ鳥  レソが人気が出たので、そのうちにハンカチ6枚分を一まとめにプリントした布が作られたそうだ。その中にカンガ(=ホロホロ鳥:スワヒリ語)の模様、黒字に白いドット、に似たようなデザインのレソがあったのだろう、それでカンガと呼ばれるようになったらしい。

 19世紀半ば、1840年にはオマーン王国の首都になったザンジバルはそこに移住したある程度の地位の者たちにとっては、ファッションの流行の中心地だったそうだ。そんな中で生まれてきたカンガ。また、このころアメリカ商人による丈夫な木綿がもたらされ、普及したことも関係しているのかもしれない。
 そして、ザンジバルで奴隷制が廃止されたのが1897年である。「カンガやブイブイ、そしてアラブ起源と思われるカンズやコフィアが、急激にスワヒリ社会に普及したのは、奴隷廃止後のことである。かつての奴隷が競うように着用しはじめたからである。それは、身なりや衣服が地位や身分を表彰していた時代が、このころ大きく変わりつつあったことを示している」(「ザンジバルの笛」富永智津子著)
 カンガ普及の背景には歴史の大きな動きもあったのだ。

 スワヒリ語の文章(カンガセイイング)がプリントされているというのは、カンガの大きな特徴である。レソやカンガの初期にはなかったそうだ。これをはじめたのが、ケニアのモンバサで1887年に商売を始めた南アジア(現在のパキスタン)出身の“アブダラ”イザックというひとだといわれている。早くとも言葉がプリントされはじめたのは1888年ころだそうだ。
アラビア文字がプリントされたカンガ  しかし、実際には、最初になぜ、どのように言葉がプリントされたカンガが作られたのか詳しいことは分かっていないらしい。

 最初はスワヒリ語がアラビア文字でプリントされていた。(スワヒリ語は第一次大戦後のドイツ領時代にローマ字で表記されるはじめるまではアラビア文字表記であった)最初のカンガセイイングが何だったかは分かっていないらしいが、多分、格言か「なぞなぞ」のようなものだっただろうということだ。1904年から1906年ころにかけてローマ字を使ったスワヒリ語のカンガセイイングが出だしたそうだ。そのころからカンガセイイングにもバラエティが出始め、よりいっそうカンガがコミュニケーションの媒体になることが多くなっていったらしい。でも、1930年ころまでは、アラビア文字のカンガも同時に作られていたということである。

   ダルエスサラームのカンガ問屋街では見かけないが、アラビア文字のカンガも今でも流通しているのではないかと思う。なぜかというと、わたしがダルエスサラームに住み始めた20年前ほどに、ザンジバル人の女性からもらったカンガにはアラビア文字の言葉がプリントされていたからだ。使い込んでしまったので今ではちょっと破けてしまったが。なんて書かれているかは、当時は教えてもらったかもしれないけど、残念ながら忘れてしまった。

英語でI LOVE YOUと印刷されたカンガ  たまに英語のカンガも見ることがある。とても少ないけど。写真はI Love You と印刷されたカンガだ。

 次回は、カンガを特徴付ける大きな要因、カンガセイイングを中心に見てみたいと思う。


参考文献
Jeannette Hanby and David Bygott 「KANGAS:101 USES」1985
Ruth Barnes「Textiles in Indian Ocean Societies」 Routledge 2005
富永智津子「ザンジバルの笛」未来社 2001
富永智津子「スワヒリ都市の盛衰」山川出版社 世界史リブレット2008


                  (2009年2月1日)


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