Habari za Farasi wa Dunia No.1


 ― 世界競馬放浪記(1) ― 


 

"Dubai World Cup"
― ドバイ・ワールドカップ2006 ―


根本 利通(ねもととしみち)


 ドバイ・ワールドカップ2006に行ってきた。2006年3月25日(土)アラブ首長国連邦(UAE)ドバイ、ナドアルシバ競馬場。

 別にカネヒキリと武豊が来るから応援に行ったわけではない。もちろん、ハーツクライとか、勝てそうな日本の馬が来ないと行こうという気は失せるだろう。ただでさえ、馬券を売らない競馬なのだから…。今年1年は日本へ帰る予定がなく、「今年は競馬が出来ないのか…」と思うと寂しくてたまらず、近場を見渡したら、ドバイが見えてきたという次第である。  アフリカ大陸の競馬は、南ア、ケニア、モーリシャスではやっている。ジンバブウェは昔はやっていたはずだが、今はどうなのだろう?白人(イギリス系)人口が大幅に減少して、競馬は維持されているのだろうか?ケニア、モーリシャスの競馬はやったことがある。次は、ドバイだ!

ドバイ・ナドアルシバ競馬場  ドバイはイスラーム圏の中では自由化が進んでいる。エジプトやチュニジア、モロッコといった北アフリカの国々は別として、アラビア半島の諸国の多くは「観光」という概念は20年位前はなかったと思う。「ビジネス」「家族訪問」「巡礼」といったビザで観光ビザがなかった国もある。サウジアラビア、クウェート、オマーンなどである。ドバイはその中で、自由港、国際金融都市を目指し、その一環で観光国をも目指し、エミレーツ航空は世界に路線を延ばしている。

 その割には、サービス業としてはまだまだだというのが印象だった。エミレーツ航空に問い合わせて、「ワールドカップ用の往復の航空券、ホテル、競馬場の指定席券が一緒になったパッケージがあるはずだけど?」と訊いたら「ワールドカップ?FIFAはドイツだ」という返事だった。ドバイの深夜の入国で30分、競馬場の指定席(正しくはInternational Villageという地域)への入場で1時間半、競馬が終わってから帰りのタクシー待ちに1時間と3回、総計で3時間以上並んだ。特に競馬場への入門は、適切な案内がないため、間違った列に並び1時間半も費やしたので、ピック7の投票がギリギリになってしまった。

 何とか場内に入り込み、ピック7の予想を投票し、周りを見回すと圧倒的に白人の世界。英国風というのだろうか、ど派手な帽子を被り、ギリギリまで胸の谷間を露出させた若い、年配の女性を連れたダークスーツの男性のカップルがそこかしこ行ったり来たりしている。もちろん女性だけ、男性だけのグループもいるが、いわばInternational Villageというのは社交場ですな。ドバイを中心とした中東のヨーロッパ人のフェスティバルという感じ。カップルにカメラを向ける自信はないので、パンフの写真を掲載する。この写真はモデルさんだろうから美しいが、それにも負けないきれいな女性がウロウロし、時間が経つに連れ、お酒も入り、踊りだし、陽気に騒がしくなっていく。

 さて、競馬。全部で7レース。17:00に始まり、最終7レース(ワールドカップ)の発走が21:20だった。

ワールドカップデーのファッション
 第一レースの純血アラブの「ドバイ・カハイラ・クラシック」(ダート2000m)のころは明るく、パドックものんびりしていて、巡回する馬に調教師、馬主までくっついて周っていたりして微笑ましい。昨年優勝の6歳馬マジャーニが順当に連覇。

 第二レースの「ゴドルフィン・マイル」(ダート1600m)は日本のユートピアが出る。G2だし、相手関係から見て勝てそうだという前評判。と言ってもそれは日本関係者で、当日のドバイの英字紙には3番手以上の評価ではなかったが。ゴール前400メートルに陣取ってカメラを構える。来た!ユートピアが先頭だ!と思うまもなく通り過ぎ、ろくでもない写真しか撮れなかった(写真参照)。「下手な写真撮ろうとしたらレースは見られない」ことに気が付き、以降の写真はない。悪しからず。

 第三レースの「UAEダービー」(ダート1800m)もデットーリが「ケンタッキー・ダービーを狙う」と豪語していたゴドルフィンの本命馬ディスクリートキャットが勝ち、順当。これで3戦3勝。日本のフラムドパシオンが3着に健闘したらしい(ゴール前が良く見えない)。

 第四レースの「ドバイ・ゴールデン・シャヒーン」(ダート1200m)は全く分からないので、USAの馬の勝負かと見ていたら、どうもそうなったらしい。

ここまでが前半戦。太陽が落ちて、ライトアップされだす。少し腹ごしらえと思い、独りなのでレストランでワインを空けてじっくりと思わず、屋台を探すも何処も満員。中華も寿司も…。寿司の屋台に行くと日本人ではない中国人のおねーさんが「今ないよ、後で来る」とさ。仕方ないので、ビールを買って芝生に寝っころがる。と、花火がバンバン上がり、サーカスがスタンド前で展開されている様子。あれだけ花火が上がったら、馬は怖がらないのだろうか?

当日のレース    第五レースからが高額賞金レース。「ドバイ・シーマクラシック」(芝2400m)。2001年にステイゴールドが武豊を背に勝ったが、あのころはG2。今日はG1。それもハーツクライという日本チャンピオンが出るからね(ディープインパクトに有馬記念で勝っているからそうだろう)。騎手はルメール。ぽ~んと出て、大型スクリーンでは上から映し出す。ずっと先頭。直線に向いても手ごたえよく、他の馬が追い出すのを待って追い出し、余裕の圧勝。思わず声が出た。ウジャボードあたりが有力馬だったら負けられないね、と偉そうにつぶやく。

 幸せな気分で、寿司を食いに行く元気が出た。寿司を食っていると英国人風の若いあんちゃんが「中村を知っているか?」と訊くので、「中村なんて百万人以上おるわい」と適当に答えていたら、どうもセルティックにいる中村俊輔を誉めている。日本の馬もゼンノロブロイの名前を挙げていたし、寿司も箸で食っているから、日本通、ひいきかもしれない。ただ明らかに酔っ払っているし、英語も聞きづらいので、早々に「Good Luck!」と言って早々に別れたが、考えてみれば馬券は売っていない。

 ピック7と言うのは、全7レースの勝ち馬を当てる予想で、馬券は売っていないがこの当選者には賞金が出る。1人1票で私も投票した。勝ち馬検討材料が少ないからといっても、予想が難しいわけではない。この第五レースまでは、日本人の成績はよかったのではないか…。第一と第三レースは本命馬、第二はユートピア、第五はハーツクライを選び、混戦の第四はダートの1200mはUSAさとUSA馬の中で最も成績が良さそうなのを選んだら当たる。私はこのレースまで当たっていた。馬番で、8-8-8-8-5と来ていた。

 予想にはもう一つ、「ダブル・トライフェクタ」というのがあり、2~3R,4~5R、6~7Rの勝ち馬から2着、3着馬まで順番どおり当てるという難問もあった。これが馬券だったら、真剣に考え、面白いだろうと思ったけど、考える時間がなかった。

 第六レース「ドバイ・デューティーフリー」(芝1777m)。これが分からない。ハットトリックもアサクサデンエンも日本のG1馬だが、分が悪そう。ハットトリックが好調ならと思うのだが、芝だからヨーロッパの馬、キネーンが乗っている馬かなと見ている。日本勢2頭は惨敗。英国馬デイビッドジュニアの優勝。騎手はスペンサー。

 さていよいよメイン(最終レース)のワールドカップ。カネヒキリに期待しないわけはないけど、あのインターナショナルSでゼンノロブロイを破ったイタリアのエレクトロキューショニストがゴドルフィンにトレードされ、3月2日のナドアルシバのトライアルを圧勝し、ダート適性も見せ、何せ騎手がデットーリだし万全の体制。レースが始まる。カネヒキリは好スタートから内ラチ沿いの好位置を占め、絶好の手ごたえ。武がチャンスをうかがう。直線に向き、追い出すものの前との差が縮まらず、エレクトロキューショニストとの脚色の差が目立つ。やはり力の差だろうか。

 最後のころは晴れ着の白人たちも疲れたか、少し静かになって、私は場内整理・清掃とか、屋台の売り子とかいった有料入場者ではないインド人労働者(出稼ぎ)たちと一緒になってスクリーンを眺めていたが、彼らから「デット!」という声が掛かる。エレクトロキューショニストが勝つと大騒ぎ。出稼ぎ先の国(UAE)の馬が勝っても嬉しいかな。スクリーンではオーナーであるマクトゥーム首長(UAE副大統領)が馬を引いて行き、デットーリが飛び降りるシーンを映し出している。

 ピック7に、ハットトリック、カネヒキリを指名していた私は早々に競馬場を抜け出した(それでも1時間待ちだったが)。日本人の若いカップルも何組もタクシー待ちの行列に並んでいた。ベビーカーを押したカップルも。競馬が階級社会の所産であった時代が過ぎ、国際化というのは何かとつぶやきつつ、馬券の買えない空白感は埋まらなかった。次は何処へ行こう?パリか、香港か?         (2006年3月31日)

 

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