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(1) マリンディにあるヴァスコ・ダ・ガマ・クロス。ヴァスコ・ダ・ガマは1498年、このマリンディの土地で、水先案内人を得て、カリカットへ向かい、「インド航路の発見」を成し遂げた。それを記念して、翌年(1499年)に建立されたらしい。16世紀に現在の岬の突端に移されたという。岬では老人たちが釣りをしていた。 |
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(2) マリンディの町の南側にあるポルトガル教会。海岸沿いのヴァスコ・ダ・ガマ・クロスの近くにある。1542年、インドから中国(最終的には日本に着いたが)を目指していたフランシスコ・ザビエルが航海の途上亡くなった水夫を葬ったといわれる。庭には英国人の墓などがあるが、教会としてもまだ使われている気配が微かにあった。 |
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(3) ゲデ遺跡。マリンディの南10数kmにある巨大な遺跡。現段階で発掘されている中では、ケニア海岸のスワヒリ都市国家遺跡としては最大のものだろう。13世紀末~17世紀のものとされる。 |
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(4) マリンディとキリフィの間の幹線道路沿いに延々と広がるサイザル農園。これが一人のイギリス系ケニア人のものと言われると、呆然としてしまう。これが、ケニアの独立の形なのだ。ジンバブウェと違い「民族融和」を図ったといえば言えるが、植民地遺産を精算しなかったわけだ。さらに、このマリンディ~モンバサ間の幹線道路を走ると、独立の指導者たちが所有する広大なビーチリゾートが目に付く。 |

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(5) モンバサの象徴タスクス。象徴というにはちょっと安っぽい感じする。独立前のエリザベス王女(当時)の訪問を記念して、作られたという。 |

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(6) モンバサのフォートジーザス。ポルトガルによって1593~6年、建設された砦である。海の町(島である)モンバサを象徴するのは、こちらがふさわしい。 |

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(7) モンバサ・オールドポート。1000年以上にわたって、インド洋西海域のダウ船による季節風貿易の、重要な港として栄え、海外勢力と内陸とを結ぶ交易の拠点となっていた。 |

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(8) モンバサ・オールドタウンの彫刻されたドア。ザンジバルあるいはラム島にも多く現存する彫刻されたドア。アラブースワヒリ風のものとインドのグジャラート風と呼ばれるものがある。この彫刻技術(職人)は、今でも続いている。このドアはNdia Kuuにあった。 |

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(9) モンバサ・オ-ルドタウン。政府広場にある最初の郵便局。19世紀末の建築。ウガンダ鉄道の建設のため、連れて来られたインド人が、故郷の家族へ便りを送ったり、送金したりしたのだろう。 |

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(10) モンバサのマッキノン・マーケット。オールドタウンの北西端、ニュータウンとの境に存在する。ザンジバルの中央市場と似通った雰囲気がある。以前は多くのインド系商人が商っていたが、今は一人だけだと教えられた。 |

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