サファリの記録

サファリの記録


*タンザニア鉄道でダルエスサラーム~キゴマの旅*


その3(キゴマからダルエスサラームまで)


歌津歩さんより☆2015年6~7月


キゴマからの戻りは2つのルートを考えました。1つ目はリエンバ号に乗船し、南方の小さな町、イコラで下船。そこからムパンダまで何とかして進み、そこからタボラ駅までムパンダ線での列車旅。2つ目はキゴマ駅からタボラ駅まで旧列車で走り、その後ムワンザ駅から戻ってくるデラックス車両に乗車し、ダルエスサラーム駅へ。諸々あり後者のルートを選択しました。

キゴマ駅~タボラ駅までの切符(1等寝台が満席の為2等に。)を購入するのはまだ容易でしたが、問題はタボラ駅~ダルエスサラーム駅までの2等寝台切符。タボラ駅へ電話をかけてみましたが、「キゴマ駅で予約しなさい」と取り合ってもらえず…。幸いにもキゴマ駅へ数回通っていたお陰で!?駅長さんがタボラ駅の職員へ電話をかけ、予約をしてくださいました。(予約にはパスポートコピーを提示する必要があります。)これで一安心です。

キゴマ駅からの旧列車は、7月5日(日)17時半頃に出発しました。デラックス車両と同じく新しいディーゼル機関車が牽引しますが、客車は大変古いです。洗面所の水の出具合、明かりの点き具合、「G」などの虫がでる…などなど、想定どおりではありますが、やはり激しい横揺れ+バウンディングには辟易しました。これはサスペンションが老朽化している為とのことですが、寝ていると振動と大きな音を全身で感じるので嫌な事を考えてしまい、とにかく肝を冷やしました。タンザニア鉄道関係者の友達にこの話をすると鼻で笑われてしまいましたが…!旧車両でも旅は出来ると思いましたが、もはやデラックス車両に一度乗った身、もう他の車両には乗れないなと痛感しました。新車両はそれほど快適だったのです。


普通(旧)列車と列車内

列車の中から見たキゴマ郊外の様子

タボラ駅には約12時間後の翌朝5時半に到着。キゴマ駅からの我らの列車が一番乗りでした。続いてムパンダ駅からの列車、最後にダルエスサラーム駅発ムワンザ駅行きの新車両が入ってきました。早朝6時台に3つの車両が集まっているタボラ駅はなかなか壮観でした。私はここで下車し、タボラで1泊。その昔、ここタボラも奴隷貿易の拠点として栄えたとの事ですが、のどかな町でした。ここでも郊外のクワヒラ地区にあるリヴィングストン博物館へ足を伸ばしました。イギリスから分けてもらったというリヴィングストンの毛髪が展示されていました。

宿泊したOrion Hotel Taboraのバーラウンジには貴重な写真が飾られてあり、興奮!その昔、モシ駅が使われていた頃の駅舎と蒸気機関車、リエンバ号、そしてダルエスサラームを行くガラット式蒸気機関車の写真などなど…!きれいに写すことが出来ませんでしたが、モシ駅の右後方にはキリマンジャロ山の雄姿もありました。


キゴマ郊外の様子とオリオンホテルの写真たち


翌日7月7日(火)はムワンザ駅から予定通りに戻ってきたデラックス車両に乗り、17時半にタボラ駅を出発しました。出発前にはタボラ駅で仲良くなった職員のお陰で、運転席に上がらせてもらう機会が!ここが本当の特等席かもしれません。


デラックス列車と運転席から見た光景。

  美しい夕陽も満喫し、再会した職員さんや乗客と、またも酒盛りをして眠りにつきました。



  翌朝、列車はグルウェ駅で止まっていました。聞くと、深夜2時頃から止まっているとの事。ダルエスサラーム駅から来る旧車両が遅れている為、ここで待ってすれ違うとのこと。いくら新車両がうまく運行しても、単線のタンザニア鉄道では、貨物列車と旧列車が遅れると芋づる式に新車両も遅れていきます。結局、ここでは8時間待って10時に運転再開となりました。ふぅやれやれ。でも少しでも長く列車旅が出来たので、ハクナマタタ!

 

グルウェ駅と新旧列車。

  再開後は順調にキロサ駅、モロゴロ駅を通過し、20時半にダルエスサラーム駅にストップ。

モロゴロ近辺のバオバブ地帯の様子



  タンザニア横断列車旅を無事に終えることが出来ました。

その1 ダルエスサラームからドドマまで

その2 ドドマからキゴマまで

その4 オフショットたち

※関連記事「タンザニアの交通(中央鉄道)」Habari za Dar es Salaam 2015年6月1日付より



 



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