農村滞在



-ルカニ村はバナナだらけ-

根本 知世



ndizi road/バナナ道路
 「ルカニ村に行けば、バナナの木なんて掃いて捨てるほどあるよ」と、言ったのはコーヒー調査のためルカニ村に行く、日本から来た父の知人、辻村さんだ。
 わたしがルカニ村へ最後に行ったのは、7年前。わたしが7歳のときである。元々記憶力がよくないわたしは、その時のことを覚えていない。ゆえに、「掃いて捨てるほどある」と名高いルカニ村のバナナの木がどのくらいの量なのかを、ダルエスサラームから7時間かかるルカニ村へ行く道の途中、想像していた。
 しかし、実際はわたしの想像を絶するものであった。文字通り「掃いて捨てるほど」あったのだ。どこでもいいが、ある場所に立ち、360度体を回転させれば、バナナの映らない景色などない。それくらい多いのだ。わたしが勝手にバナナ道路(ンディジ・ロード)と名づけた道もあるくらいだ。その道は、両脇からバナナ林に囲まれており、歩けばなかなか気分のいいものだった。
 ルカニ村の畑に入ってみれば、バナナ、バナナ、バナナ、なのだが、コーヒーの木も少なからずあった。花が咲いているのもあれば、全く咲いてないのもあり、ごく少数だったが実がなっている木もあった。

 辻村さんが言うには、わたしが行った2007年12月はルカニ村にバナナの木が通常より多く生えていたらしい。村の人曰く、今年は雨が多いせいで、コーヒーの木がダメになり、代わりにバナナの木が

chakula cha ndizi/バナナ料理
多い(これは、コーヒーの木は降水量が多いとダメになる代物で、反対にバナナの木は降水量が多いと盛んに生えるためである)。なので、村の人々は、コーヒーを売って生活をたてることを半ば諦め、バナナを売ることに専念している、とのことだった。

 そのせいか、わたしの泊まっていた家でもバナナの料理がたくさん出た。調理用バナナを揚げたもの、調理用バナナのスープ(ムトーニ)、調理用バナナのシチュー。甘いバナナのデザートもある。バナナづくしである。
 調理用バナナを揚げたものは、ただ単に揚げただけなので、味はついていない。自分の好みで塩をかけたりするのだ。形こそ違えど、味はじゃがいもとそう変わらないものだった。
 ムトーニはバナナの味しかしなかった。それは、どろどろしたスープで、甘くない。わたしはあまりおいしいとは思わなかったのだが、「7年前、この家に来たときにはたくさん飲んでたよ」と言ったのは、その家のお母さん兼調理人のママ・ビクター。舌が変わってしまったのだろうか。
 肉やお野菜などが入っている調理用バナナのシチューは、わたしの家のダダ(お手伝い)さんが日常に作ってくれるものと似ていたので、おいしく食べられた。
 もちろん、バナナ料理でないご飯も出てくる。香辛料をいっぱい使った炊き込み御飯(ピラウ)、マカロニ、とうもろこしを乾燥させてその粉をお湯で練り上げたもの(ウガリ。日本で言えば、お米のようにポピュラーなタンザニアの主食)、トマト味のシチュー(これは白ご飯やマカロニやウガリ

kahawa/コーヒーの実
にかける)、その他いろいろ出た。どれもおいしかったが、わたしはトマト味のシチューをかけたピラウが絶品だと思った。

 タンザニアではピラウはお祝い料理として出される。それは、結婚式だったり、成人式だったり、さまざまである。この時、泊まった家で出されたのはもてなしの意味だろうか。ピラウは香辛料をたくさん使う。それがいい香りといい味にしてくれる。また、ピラウには、じゃがいもと肉がいれられる。わたしはピラウが好きで、ママ・ビクターが作ったピラウも気に入ったのだが、わたしの家のダダ(お手伝い)さんが作ってくれるもののほうが好きだった。ダダ(お手伝い)さんが作ってくれるものは、もっと味が濃い。香辛料の味がする。ママ・ビクターの作ったものは、味が薄い。ママ・ビクター自身、「ピラウを作るのは、得意じゃないのよ」と言っていた。

 ウガリは米のように全く味がしないものなので、トマト味のシチューや、ムチチャ(タンザニアでよく食べられている葉っぱ)を炒めたものと一緒に食べたりする。ウガリは手を使って食べるものなので分かるのだが、チャガ(キリマンジャロ山付近に住む民族)のウガリはわたしが家で食べているものより少々硬いし、少々苦い。とはいっても、別にまずいわけではない。
 トマト味のシチューは作る人によって違うのだが、大体は肉とじゃがいもが入っている。あとは、にんじんを入れたり、おくらを入れたりもできる。ルカニ村で作られたものは、スパイシーな味がしたので、香辛料が入っていると思われる。

Mt.kilimanjaro/キリマンジャロが見えた!
 紅茶(チャイ)に関しては、ティーパックを使って自分で淹れたものを飲むか、ママ・ビクターの入れた香辛料入り(主にしょうが)のを飲むかである。
 泊まった家に置いてあったコーヒーは缶入りのキリマンジャロ山コーヒーだった。ルカニ村の人は、自分でコーヒーよりも、紅茶を好んで飲む。旅先で一つ学んだ事;紅茶はコーヒーよりも人を目覚めさせる。

 ルカニ村に限ったことではないが、知人を訪問しにいくと、もてなされる。チャイや、卵焼きが出たことがある。それだけでなく、バナナやアボガド、卵などをもらったこともある。時には、「一緒にお昼ご飯を食べないか」と誘われることもある。「これが僕が日本に太って帰っていく理由だよ」と、ルカニ村に毎回調査に来る、辻村さんが言っていた。なるほど、そうであろう。皆善意でやってくれていることであり、これが一種の文化のようなものだから、容易に断ることもできないのである。



2007年12月     

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