読書ノート




読書ノート No.31


 

川端正久・落合雄彦編『アフリカ国家を再考する』


根本 利通(ねもととしみち)


 川端正久・落合雄彦編『アフリカ国家を再考する』(晃洋書房、2006年3月刊、4,800円) 

 本書の目次と執筆者は以下のようになっている。

第1章 アフリカ国家論争を俯瞰する(川端正久)
第2章 アフリカ国家論:フランス語圏からのアプローチ(加茂省三)
第3章 アフリカ国家の変容と「新しい帝国」の時代(高橋基樹)
第4章 崩壊国家と国際社会:ソマリアと「ソマリランド」(遠藤貢)
第5章 アフリカの「影の国家」:国家主義から市民社会へ(ニッキ・ファランケ、フセイン・ソロモン)
第6章 「下からの政治」とアフリカにおける国家(岩田拓夫)
第7章 ルイスの多元的統治モデルと現代アフリカ国家(峯陽一)
第8章 アフリカにおけるエスニシティと国家の再構築(エゴーサ・E・オサガエ)
第9章 国家がつくる紛争:国民を守らないのはなぜか(戸田真紀子)
第10章 シャリーア問題とナイジェリア国家の連邦制度(望月克哉)
第11章 アフリカ国家の分権化とパートナーシップ(斎藤文彦)
第12章 アフリカにおける地域統合と国家再建(ダニエル・バック)
第13章 エイズ対策にみる南アフリカ国家と市民社会(牧野久美子)
第14章 南アフリカにおける国家と都市統治(ブリジ・マハラジ)
第15章 南アフリカにおける核開発政策と国家の民主化(藤本義彦)

『アフリカ国家を再考する』
 執筆者(翻訳者を除く)のメンバーは、日本人11人、外国人5人(4章)で、その外国人の国籍はわからないが、執筆当時の所属は南アフリカ3、ナイジェリア1、フランス1となっている。

 総論的あるいは先行文献分析評価のような章が6章あり、具体的な事例分析の章は9章である。うち南アフリカ3、ナイジェリア3、ソマリア1、ザイール+アンゴラ+ジンバブウェ+南ア+モザンビーク1、ベナンとトーゴ1、という内容になっている。総論的な議論は私の手に余るので、各論的な章に触れたい。

 第4章はソマリアと「ソマリランド」の分析である。各論といいつつ、学者による論文であるから、まず概念の定義に文章が割かれる。崩壊国家の代表であるソマリアと、そのなかで20年近く事実上の国家として存続しているソマリランドがなぜ国際的には承認されないのか?OAU/AUによる「既存の国境線を尊重する」という原則もエリトリアの分離独立や西サハラの問題などで例外はあるはずだ。また抑圧されたものの分離独立への権利はどうなのか?ジブチ、ケニア、エチオピアに含まれるソマリ人はどうなるのか、将来に連邦制の可能性はあるのかといった問題が、限られた紙幅のためか論じられていないのは、情報の少ない地域であるがゆえに残念だった。

 第5章は「影の国家」を論じている。「影の国家」というのは、個人支配国家の一形態だそうだ。外国からの援助は個人およびその縁者の私腹を肥やし、欧米のいう腐敗度指標が高くなる。その例として、ザイールのモブツ、アンゴラのドス・サントス、ジンバブウェのムガベが挙げられている。さらに南アフリカ、モザンビークの政権与党による腐敗、それに対峙する市民社会が観察されている。南アの方はある程度の存在感はあるものの、モザンビークは国民を政治に対する無関心にもちこもうとしているという。

 第6章では「下からの政治」という概念を論じている。フランスで生まれた概念で、フランス語圏アフリカ諸国で行われた国民会議の潮流のなかでの動きを分析している。国民会議という一見普通名詞がいきなり説明もなく使われているのに戸惑う。ベナンとトーゴを取り上げて比較している。隣り合った国で、似たような歴史を共有している両国が、同じ時期(1990年代はじめ)に、それぞれの国民会議を開き、長期間の独裁政権に終止符を打ったかに見えた。しかし、その後トーゴではエヤデマが死ぬまで38年間というアフリカ最長の政権を続け、死後は息子が襲った。一方、ケレク独裁政権が選挙で退陣したベナンは、なんと5年後にはケレクが選挙で返り咲くという民主主義国をやっているという。


ザイールのモブツ元大統領

 第8~10章はナイジェリアの事例分析になっている。第8章の筆者はナイジェリアのイボ人ではないかと思われる。ナイジェリアを中心にして「部族」というものが植民地政府によって創られたこと、それが侮蔑的意味を持つので、「エスニシティ」と使用するようになったとする。彼はポジティブ・エスニシティがアフリカ国家の再構築に必要だとする。連邦主義、分離独立の容認に見える。

 第9章はナイジェリアを事例として、アフリカの国家がいかにエリートに私物化され、外国企業に搾取されてきたかを述べる。民族アイデンティティを鼓舞され、貧困層の若者が武器を持たされ、また軍隊・警察が国民を襲撃・虐殺する。ビアフラ戦争のみならず、シャリーア紛争など国内紛争は枚挙のいとまがない。巨大な石油生産に伴い、巨額の富をスイスなどの銀行に蓄積する軍事政権指導者とそのおこぼれにありつく一部のエリート。その一方で堺の貧困国からは脱出できずに乳幼児死亡率は依然として高い。1999年からの第4共和制憲法で、それまでの半生として「連邦としての性格」条項を置いたにもかかわらずである。

 筆者は「アフリカの国家の多くは、国家としての責任を果たしていない。アフリカ国家が紛争をつくっている」(P.238)とする。近代国家の存在意義は国民に安全を提供することだとする前提を信じるならば…。筆者は分析するだけではなく、処方箋を提示しようとする。貧困状況の改善と人権尊重教育という2点である。極めて原則的な正論ではあるが、ややナイーヴと見る向きもあろう。

 第10章では、最近のシャリーア導入に始まるナイジェリア国内の紛争を分析している。独立前からムスリムが圧倒的多数派であった北部地域では、シャリーアが民法、刑法両方で緩やかに施行されていた。それは植民地当局である英国のコモン・ローと並立するものであったという。独立後の民政、軍事政権の繰り返しの後、1999年に第4共和制が成立し、新憲法が成立すると、そのなかでシャリーア裁判所が正規に位置づけられる。2000年に北部のザムファラ州知事がシャリーアを正式に導入する。サフィヤ・フサイニやアミナ・ラワル裁判のように、女性が姦通罪で石打ちの死刑判決が出るにおよび、世界(特にキリスト教欧米)からの圧力、ナイジェリア国内のキリスト教勢力との対立が厳しくなっている。2002年のミス・ワールド・コンテストの中止事件にも触れる。この過程で浮かび上がってきたのは、宗教者勢力よりも、それを利用しようとする政治家の思惑と、連邦政府の強制力のなさだろう。

 第13~15章では南アアフリカの事例が研究対象となっている。特にポスト・アパルトヘイト体制についてである。第13章ではエイズ対策、特にARVの治療への導入をめぐる中央政府と市民社会組織との駆け引きを追う。第14章では地方分権化、地方政府の強化方針が思うようにいかず、新自由主義的政策により、貧困・不平等の拡大再生産につながる恐れを指摘する。第15章ではアパルトヘイト時代の南アの核政策の歴史を追い、核兵器が廃棄されたこと、その資料がほとんど処分されていること、関わった科学者・技術者の行方が不透明であることによる危険を指摘している。

 南アフリカは1994年アパルトヘイト体制を打倒し、「民主化」された。「南アフリカ政治を研究する者の関心は、民主化後の政治体制の特質を見極めることに重点を移しつつあるように思われる」(P.319) という。さて、「虹の国」を目指して歩み出した国の現在はいかに?ということは私には判断がつかない。しかし、タンザニアという中南部アフリカにある国から見ていると、南ア資本・企業の存在は年々大きくなっている。地域大国というのか、亜流の新植民地主義国というのか、鉱業・建設業・農業での進出は目覚ましい。その南ア企業の稼ぐカネはどこにいくのか?はたして、南アはアフリカの国家建設のなかで「先進国」という位置づけでいいのか?


治安出動した軍隊
『Daily News』2012年10月20日号

 第11章では地方分権化を、また第12章では地域統合の動きを考察している。一見逆方向に見える事象であるが、そのなかで共に南アフリカは有力なプレーヤーである。よきにつけ悪しきにつけ南アは独特の存在感があるということか、特殊だということか。データがとりやすいという理由でなければいいのだが。

 総論的な章では第3章に触れたい。ほかの章とは違い、かなり野心的あるいは挑発的な内容になっている。ハイレ・セレシエ1世の死から書き出すので、一気に読ませる内容になっている。国家が歴史学や開発研究の玉座から引きずりおろされようとしているとする。

 主として分析、批判の対象とされているのはシャバル&ダロズ『アフリカは機能する』(1999年)という悲観主義的国家論である。批判のポイントは①日本の近代化を参考にして、アフリカにおいて「西欧化」なき政治経済的発展を構想することができるかどうか。②植民地時代より前の時代に始点を設定し直す。③「伝統」は移ろいゆくものだから共同体的なものも変化する、という3点である。

 冷戦の終焉に『歴史の終わり』を著したフランシス・フクヤマが思い描く市場主義と自由民主主義の「新しい帝国」、これはつまりアメリカ合州国主導するグローバリゼーションにアフリカの人びとは流されて、脱落・従属していくことはない。筆者は次の2点にアフリカの希望を見る。人びとが貧困への憤りを忘れていないこと。そして国家の枠を超えたレベルでの統治の構築への動きである。アフリカの人たちの主体性が問われているのだと思う。

 筆者は言う。「もし社会科学というものがこの世界の重要な課題に応えて、その処方箋を提示すべきものであれば、わたしたちが再構築すべきアフリカ国家論は、国家の変質のかたわらで生じている、アフリカの人びとの貧困や苦難の解決に資するものであることが望まれる。そうした人びとの貧困や苦難が国家の暴虐、破たんあるいは無力によって生じているのであれば、なおさらである。ただ学問的には、そうした実践的課題に応えることを「科学的」と考えない立場がありうる。」(P.107)

☆参照文献:戸田真紀子『アフリカと政治』(お茶の水書房、2008年)
 ・高橋基樹『開発と国家』(勁草書房、2010年)
 ・峯陽一『南アフリカ「虹の国」への歩み』(岩波新書、1996年)

(2013年3月1日)






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