読書ノート




読書ノート No.23


 

戸田真紀子『アフリカと政治』


根本 利通(ねもととしみち)


 戸田真紀子『アフリカと政治ー紛争と貧困とジェンダー』(御茶の水書房、2008年8月刊、2,400円) 

『アフリカと政治』
 本書の目次は以下のようになっている。

序章  アフリカを勉強する10の理由
第Ⅰ部 アフリカの「民族紛争」の神話と現実
 第1章 アフリカの「民族」とは何か
 第2章 アフリカの「民族紛争」の神話
 第3章 突出する紛争犠牲者
 第4章 選挙民主主義が紛争を生み出す矛盾
 第5章 ナイジェリアの宗教紛争
第Ⅱ部 ジェンダーから見るアフリカ
 第6章 アフリカの女性と「人間の安全保障」
 第7章 女性だけが背負う重荷

 この本の副題にさらに添えて、「わたしたちがアフリカを学ぶ理由」とある。これが本書の特色だろう。著者はアフリカ政治学者なのだが、職業としては大学教員である。おそらく学部学生に対するテキストのような性格を付与されていると思われる。従って、初心者に分かりやすく基礎を説いている。

 第Ⅰ部では、アフリカの「民族」の問題に向かう。
 その第1章では、アフリカの諸民族をなぜ「部族」と呼ばないかを説明する。なぜ、「ユーゴスラビア内戦」は民族紛争と呼ばれ、「ビアフラ戦争」は部族抗争と言われたのだろうか?タンザニアのチャガ人のように「上から作られた民族」、ナイジェリアのヨルバ人、イボ人のように「下から作られた民族」の例を挙げ、民族の起源が植民地時代にある新しいものもあることを示す。そして、アフリカの諸国家の多くが、西欧諸国のような「国民国家」とは違い、「多民族国家」である問題が示される。

 第2章では、「ルワンダのジェノサイドは、長年にわたるツチとフツとの民族対立によって起こった」というような「神話」に挑戦する。つまり、「多民族国家の、植民地化以前からの民族間の憎悪によって紛争は起こる」という神話を否定する。例として挙げられているのは、主にブルンジ、ルワンダにおけるツチ人、フツ人による相互の虐殺である。ブルンジでは南部のツチの、そしてルワンダでは北部のフツの、それぞれ一部の氏族による国家の利権の私物化が国家の崩壊を招き、支配階層の特権を手放すことに対する恐怖が、組織的暴力的な虐殺を引き起こしたのだとする。

 第3章では、なぜアフリカの紛争犠牲者数が多いのかという問題を考察する。まず独立以来の40年あまりという若い国家に「同朋意識」が育っていないとする。さらに植民地政府を引き継いだアフリカ諸国の政府は、国民を支配収奪する統治機構をも引継ぎ、支配層が国家を私物化すれば、国民が国家によって守られないことが起こりうる。さらに冷戦時代からの「代理戦争」、冷戦後も大国の思惑による介入がある。さらに軍需産業の思惑、豊かな資源の争奪などの背景を挙げる。

 第4章では、「じゃぁ、アフリカに民主主義を導入すればいい」という単純なものではないことを説明する。ハウサ、ヨルバ、イボという三大民族が、それぞれの民族政党を組織して争ったナイジェリアの第一共和制をまず取り上げる。次に民族政党ができずにTANUという国民政党が成立したタンガニーカの例と比較する。西欧・米の主張する「民主化」が果たして有効なのか、国家が私物化されずに、国民の人権を守り、国民の生活を向上させる組織として機能するのかが問われる。

 第5章では、ナイジェリアの宗教紛争を例に取る、特に北部でのシャリーア(イスラーム法)導入の経過についてである。ナイジェリアでは地域対立が激しく、それがビアフラ戦争や幾度かの軍事クーデターとなり、軍政が続いてきた。1999年オバサンジョ政権が成立し、民政復帰(第四共和制)した。オバサンジョは南部のキリスト教徒でヨルバ人。副大統領に北部出身のイスラーム教徒を配したが、従来利権を独占してきた北部のビジネスマン、軍人たちから見ると、特権を奪われていくと感じた。それが、2000年のカドナ州におけるシャリーア導入に端を発する宗教対立を装った権力闘争につながったとする。殺しあったのは貧困層だ。


ミコノ・インターナショナルの活動

 第Ⅱ部ではジェンダーの観点からアフリカを見る。
 第6章では、貧困の鎖の中で、慣習的に女性に押し付けられてきた重荷を考察している。特にFGM(女性性器切除)の問題。そして早婚、一夫多妻や相続から女性が排除されている慣習法。さらに貧困や紛争が原因となって女性が被害者となる例。また「アフリカ開発のための新パートナーシップ(NEPAD)」の中でも、ジェンダーの観点は弱いとする。また文化相対主義に触れる。

 第7章では、2002年ナイジェリアで起こったアミナ・ラワル事件と、ミス・ワールド暴動を例に、宗教と女性の問題を考察している。そして宗教、特にイスラームの問題と捉えられがちだが、そこには政治的な背景があって、起こった事件であると解説されている。

 終章に、著者が関わるケニアのNGOの活動に触れる。ケニア北東州のガリッサで活動するミコノ・インターナショナルという日本人とケニア人の協力したNGO。ここは主として小学校の校舎建設、巡回医療などをやっている。もう一つはやはり同じガリッサで、ケニア人女性が運営している孤児院である。ポリオの犠牲となって障害児となった子どもたちを中心として受け入れている。日本の若者たちに「自分たちでできること」を探してくれるように訴えて終わる。

 さて、私はアフリカ大陸全体を論じる力はないので、タンザニアの事象から考えてコメントをしたい。タンザニア(タンガニーカ)は独立前から、独立50年の現在に至るまで「民族紛争」がほとんどない国として知られる。従って、アフリカの事件・紛争の原因を多くの場合、「部族対立」とするマスコミの説明には違和感があるし、それはジャーナリストとして不勉強に過ぎないと思っている。

 タンザニアが、1997年の段階で、「紛争状態にあった」22カ国の中に入れられている(P.44)のには首を傾げるが(ザンジバルの問題だったのか?)、ほかの章では、紛争のなかった国と表記されている。特に、ナイジェリアの民族政党の対立と比較した第4章では、「民族政党ができなかった国」という紹介になっている。その背景・原因を分析する中で、独立前のTANUが「アフリカ人国家」を目指したのに対し、UTPが「多人種協調国家」を目指したというのは不当ではないか。「多人種協調の中での多数派支配」を目指したTANUと、「白人優越を維持したかった」UTPとの選択であったと思う。

 文化相対主義を批判的に語られるのもやや違和感がある。もちろん日本の歴史を振り返れば、伝統とか慣習法を守ればいいのではないことは明らかだ。他国の文化について論議・批判することは、地球市民という発想からいえば当然だろう。非戦闘員の虐殺などどこの世界の価値観でも許されないだろうと思う。FGMの問題でも議論の趨勢は明らかだろう。それでも多文化の共生を信念とする立場から、文化相対主義を採りたい。「人権」とか「民主主義」という西欧起源の価値観も、いったんは相対化してみたらいいのではないかと思う。グローバリゼーションに棹差したいというのだろうか。例えばアムネスティ・インターナショナルなどの存在も、「絶対的な良心」とは考えないことが重要だと思う。

 ジェンダーのことは避けたい話題ではあるが、GEM(ジェンダー・エンパワメント指数)では日本よりタンザニアの方が上である(P.178,186)というのも実態を見てから論議すべきだろうと思う。女性の大臣、国会議員の比率が高いから女性の自由度、あるいは性的格差が少ない指標になるのだろうか?

 タンザニアの場合、性差別を克服するのに、学歴が利用されているという感がある。つまり旧宗主国の英国の影響が深く、肩書きにDr.とかProf.とつけたがる。Mr.やMs.(Ms.という表現も一般化されていない。Mrs.とMissが正しいと直されることが多い)よりも、Dr.やProf.が偉いという認識が強い。日本人がそれをやるのは嫌味のように感じるが、アフリカに長い日本人も自分の肩書きにDr.とつける人が結構いる。それは「その方が会議などで優遇される。飛行機が満席でも融通を利かせてくれる時がある」という経験に拠っている。英国式の階級意識が残っているのだ。Ambassador(大使)という肩書きも使われる。

 ジェンダー問題に戻ると、Dr.とかProf.という肩書きをもっている女性は、性差別を乗り越えて国会議員にも大臣にもなれるし、一般民衆も容認する。ただし、選挙で勝ち抜く女性議員は極めて少ない。2010年の総選挙で、選挙区239議席で当選した女性は12人だったと思う。現職の女性大臣も落選した。これをどう見るかだが、選挙区では女性は当選しづらいのが現状だろう。そのため大統領指名の女性枠があり、なんと100人もいる。これを逆差別と見るか、あるいは民主的な是正法と見るかは分かれるが、女性大臣の多くはこの指名議員である。GEMの数字にはこれが反映している。

 現在の与党の後任の大統領候補選びが混迷していて、有力候補が絞り切れていない。そのため、大統領指名の外相から国連次長になっていた女性も下馬評に挙がっている。彼女には選挙の経験がなく、腐敗とか利権に関係がなさそうなのが「クリーン」という売りになるのだろう。しかし、一般民衆(男性)は「男に人材がいないわけではない」という反応が強い。リベリアやマラウィの女性大統領登場の背景はよく知らない。しかし、女性の大統領や大臣が出現することそのものに、社会の本質的な変化が現れるとは思えないのだ。黒人の国務長官や大統領の登場は画期的だが、それが社会の本質的な変化ではないように。

 NGOで若者たちが「自分たちにできること」を探してくれるのはいい。ただ、それは一種の「自分探し」の旅の一環であって、「アフリカの困ってる人を助ける」なんて思い上がらないように注意してほしいと思う。一方的な「支援」は人間関係を貧しくするということは銘記してほしい。特段の技術や知識のない日本人の若者に助けてもらわないといけないほど、アフリカの人びとは貧しくない。日本人の若者は、アフリカの人びとに学ぶという姿勢をもち続けてほしいと思う。

(2012年9月1日)






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