読書ノート




読書ノート No.76


 

本村凌二『世界史の叡智 悪役・名脇役篇』


根本 利通(ねもととしみち)


 本村凌二『世界史の叡智 悪役・名脇役篇―辣腕、無私、洞察力の51人に学ぶ』
  (中公新書、2014年5月刊、820円) 

『世界史の叡智 悪役・名脇訳篇』
 2014年7月に一時帰国して、本屋で立ち読みしてぱっと購入した。タンザニアに戻ってまず「あとがき」を読んだら、これは続篇であることが分かった。お間抜けなことではあるが、本篇あるいは前篇があるのを知らずに購入したのだ。2年に1度くらいしか帰国しないので、わざわざ人にお願いして持参してもらうことでもあるまいと、続篇から読みだしたという次第である。

 1人の人物につき4ページという分量だから、簡単な略歴、エピソード、そして著者のコメントという按配で、深く分析されることはない。しかし、著者が取り上げたポイントは示されている。例えばペリクレスの民主政にはポピュリズムはみじんもないこと、ピョートル大帝の人気は露魂洋才であること、チャーチルの未来を予測する能力は歴史的想像力であったこと、などなどである。それぞれに新鮮であった。

 私が全く、あるいはほとんど知らなかった人物については学ぶことが多かった。暴君ネロの側近で自死に追い込まれた趣味人ペトロニウス、ローマ皇帝の侍医ガレノス、古代オリンピックの終末の時代のミラノ司教アンブロシウスなどは著者の専門領域なのだろう。その延長線上に「カノッサの屈辱」の仕掛け人トスカーナの女伯マティルダやアッシジの修道僧フランチェスコの伝説があり、キリスト教の世界制覇への道が示されているように思える。

 14世紀初めのヴェネツィア共和国の元首だったピエトロ・グラデニーゴによる共和国国会改革とそれに反対する反乱軍の鎮圧。それが君主政志向を抑え、共和政を確たるものにしたとし、その完成が議員の世襲制(=プロ化)だとすると、やや昨今の風潮を省みてしまう。また「ローマは陸地の資源に恵まれていたが、ヴェネツィアは資源に恵まれない海洋交易国家だった」(P.85)という評価は留保したい。もっともこの評価は先行する塩野七生著『海の都の物語』に述べらている。

 15世紀前半に活躍した李氏朝鮮の外交官李芸(イイェ)の話は初耳。その胆力と使命感は驚異的である。17世紀前半の大国だったスウェーデンのグスタフ2世に仕えた名宰相オクセンシェーナの内政・外交のなかで、近代ヨーロッパ諸国家秩序を作りだしたウェストファリア条約での活躍は、外交が重要な今日の教訓となる。

 18世紀末の天明の大飢饉に会津藩家老として財政再建に活躍した田中玄宰の話では、会津藩の家訓のなかの童子訓である「卑怯な振舞をしてはなりませぬ」という高い倫理観と、その仇敵であった長州藩の実利志向ととを比較することはおもしろいかもしれないが、武士階級だけに注目してはいけないだろう。やはり18世紀末のベトナムでいったん統一を成し遂げた西山朝の阮恵(グエンフエ)の評価に触れて、「歴史観の変遷とともに、あらゆる歴史は現代史になるのだ」(P.133)という。



 グエンフエの場合は、時代の変遷につれ個人の評価が後世に変わったということだが、特定の個人の人生のなかでの生き方の変化はどうなるのか、つまり「変節」という概念についてである。信念を貫き、場合によっては不遇に追い込まれることはあっても、無私の人であれば高潔・有徳の人と尊敬され、美学ともなりうる。本書のなかではで田中玄宰、ガリバルディ、ホセ・サン・マルティンなどであろう。

 逆に「変節漢」とレッテルを貼られるとなかなか世間のなかでは恰好悪い。本書のなかでは袁世凱、クレマンソー、徳富蘇峰、汪兆銘などが該当しよう。徳富蘇峰に関して「時勢を大局的にとらえる精神とよべるものがあれば、その点で蘇峰は一貫していたとも言えるだろう」(P.181)と述べている。融通無碍という表現はないが、著者のなかでは現実の政治のなかで活かすべき歴史の教訓という面で「変節」にも一部の理を認めているように思える。それはディズレーリ、セシル・ローズといった帝国主義の代表選手に理想を認めているところにも表れている。

 歴史の教訓(叡智)を現在の政治家への警句として記している感がある。本書では中国人が多く取り上げられているが、それぞれの章の末尾のコメントが、現在の中国の政治家を意識していると感じられる部分が多い。汪兆銘の章では、中国人の犠牲をできるだけ少なくすることに心を砕いた愛国者と評価している。もっとも、そういう評価に対する中国側からの批判は十分に意識している。それは袁世凱、梁啓超、魯迅などの章でも表れている。

 「あとがき」でチャーチルが「歴史に学べ」とくりかえし、「国家経営の秘訣はすべて歴史にある」と述べたことを引用している。「歴史認識」を自己の政略のために各国の政治家が利用していることが多い現在、果たしてこの「世界史の遺風」が教訓となってくれるだろうか。そして近代以前は圧倒的に政治家が多い本書の登場人物の選択基準が、そのまま「世界史の叡智」と言っていいのか、偏りを感じないでもない。



 著者は古代ローマ史を専門とされる西洋史学者である。しかし、私が内容をあまり確認せずにぱっと購入したのは、『馬の世界史』の著者として存じ上げていたからである。年齢は私より少し上であるから、その世代の西洋史学者、特に古代ローマ史専攻となると、失礼ながらその世界史観はヨーロッパ中心史観ではないかと疑ってしまう。そこでまず取り上げられた51人の地域・国籍(民族別)を勘定してみた。以下のとおりである。

  古代ヨーロッパ:ギリシア2、ローマ6
  西・南アジア:インド1、イラン1、トルコ4(バーブル含む)、ソグド1
  東アジア:中国8、朝鮮1、日本4、ベトナム1
  近代ヨーロッパ:英国6、イタリア5、フランス1、スペイン1、オーストリア1、
     スウェーデン1、ロシア2
  アメリカ大陸:米国3、南米2

 やはり古代を含めヨーロッパ世界で半数の25人、南米(シモン・ボリバルとホセ・マルティン)と米国を含めると計30人と過半数を占めてしまう。
 「はじめに」にこう記されている。シュメールの楔形文字、エジプトのヒエログリフ、南アジアのインダス文字、そして中国の甲骨文字の誕生に触れた後、「歴史は文字とともにはじまります」と。古い歴史認識というしかないが、そういう観点からアフリカ人が一人も入っていないのは仕方がないことかもしれないが不満は残る。

 今回の書物の副題には「悪役・名脇役篇」と振られているが、これは編集者の苦し紛れのような惹句だろう。「悪役」と言われるような人物はせいぜい袁世凱くらいではないか。汪兆銘は不運の人ではあったが、漢奸と呼ばれても悪役ではあるまい。ディズレーリ、セシル・ローズ、クレマンソー、徳富蘇峰なども後世の評価によるが、その人たちの盛期に悪役であったわけではないだろう。また脇役と言われるような人も少ない。ほとんどが主役を張った人たちである。



 40年以上前の私たちの世界史は山川の世界史教科書だった。現在の山川の教科書がどうなっているかは知らないが、当時の教科書に載っていなかったであろう人物は少ない。私の記憶はあやふやだが、ざっと数えたところでは17人ほど、3分の1だ。それも徳富蘇峰とか夏目漱石という日本人を含めた数字であるから、当時の日本史を世界史のなかに入れないという立場では47分の13という数字になる。これをどう評価するかだが、文学者1人以外に、美術・音楽系がいないことに違和感を持つ。

 じゃぁ、『世界史の叡智』前篇の51人にはどういう人物が載っているのだろうか?いわゆる大メジャーから選んでいったのだとすると、アレクサンドロス大王とかカエサル、チンギスハーン、ナポレオンといった軍人征服者がまず思い浮かぶ。次いで鄭和、コロンとかヴァスコ・ダ・ガマ、マガリャンイスといった大航海者、玄奘、マルコポーロやイブン・バットゥータという大旅行者も入っているだろうか。シャカ、イエス、ムハンマドという世界宗教の創始者もいるだろう。アジアということであれば、ガンディーとか毛沢東は入っているのか、女性が少ないという批判を避けるために入れるとしたらクレオパトラかエリザベス1世か。

 こちらでは芸術系はどうだろうか?文学ならホメロス、シェイクスピア、ダンテ、ゲーテ、ドストエフスキーあたりが候補か?美術ならミケランジェロ、ダ・ビンチ、ピカソ。科学者ならガリレオ、ニュートン、ダーウィン…エジソンはどうかな。世界の偉人伝選びのようになってしまうが、この著者の好み、偏見も間違いなく入っているだろうし、この候補には私自身の好み、価値判断が反映している。。

 まぁ、この結果は1年か2年後にしか分からないし、そのころは『世界史の叡智』前篇を購入する気持ちを失っているかもしれないので、不明のままかもしれない。調べないで妄想を膨らませる楽しみというところか。

 おまけの蛇足である。本書での各人の略歴を読むと、それぞれの亨年が若いことに気づく。グエンフエ(39)、ギボン(57)、シモン・ボリバル(47)、セシル・ローズ(49)、漱石(49)、梁啓超(56)、魯迅(55)となっている。そういう時代だったとはいえ、彼らを超してしまった自分を省みている。

☆肖像画は本書のなかから。

 

☆参照文献:
 ・塩野七生『海の都の物語―ヴェネツィア共和国の一千年』(中公文庫、1989年)


(2014年12月15日)






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