読書ノート




読書ノート No.85


 

本村凌二『世界史の叡智』


根本 利通(ねもととしみち)


 本村凌二『世界史の叡智―勇気、寛容、先見性の51人に学ぶ』(中公新書、2013年6月刊、820円) 

『世界史の叡智』
 2015年3月に一時帰国して、本屋で見つけて思いだして購入した。思いだしてというのは、『世界史の叡智 悪役・名脇役篇』に書いたとおり、続篇を先に購入していたのだ。おまぬけなことにと思ったが、本書を読んでみたら、そうでもなかったようだ。

 続篇が「悪役・名脇役篇」と題されていたので、私は前篇を「主役篇」と思いこんだのだが、そうではなかった。大メジャーというか、山川の「世界史」に太字で記されていたり、世界偉人伝記全集に必ず登場するような人物群を想像していたのだが、私の予想した人物群では、カエサルと鄭和しか当たらなかった。

 著者の好みがかなり入っていて、確かにカエサルやエラスムスのような大メジャーもいるのだが、中国史でいえば荊軻とか馮道が採用されているし、ダービー卿やマイルス・デイビスや石原裕次郎まで登場する。「私の好みを変えることはできないのだ」とのたまっている。名前だけ知っていて詳しい知識がなかった人物も多かったが、まったく名前すら知らなかった人物も6人もいた。

 「東洋のマルコポーロ」と評されたバール・サウマ―の項では、視点を変えるということに触れている。オランプ・ド・グージュは「フランス革命に散った女権論の先駆者」と題されている。ロベスピエールを批判して断頭台の露と消えた劇作家だが、南フランス出身の平民の娘が、パリで公用語や読み書きを覚えていく苦労に思いを馳せる。「若者が本を読まなくなった、という苦情がたえない。だが、歴史を古くたどっていくと、そんなことは当然のことでしかない」(P.132)と喝破する。オスマンは「現代パリを作り上げた男」。スティーブン・ダグラスは「リンカーンの高潔な好敵手」。クルティウスは「近代五輪成立の陰の立役者」。そして山田わかは「母性を重んじた婦人運動家」という具合である。

 本書は2012年4月~2013年3月、そして続篇は2013年4月~2014年3月までと都合2年にわたり、『産経新聞』のコラム「世界史の遺風」に連載されたものをまとめてある。その第1回は紀元前3世紀のローマの人で、カルタゴと戦いぬいた大カト―である。ローマ人の子弟教育方針である「父祖の遺風」を奉じた代表的な大カトーを語る。そして、「ローマ人のひそみにならい、古今東西の出来事に視野を広げながら、人の生き方を学ぶこと。それが「世界史の叡智」と名づけられる本書のささやかな願いでもある。」(P.27)と本書の目的・思想を明らかにしている。著者の専門である古代ローマから始まったのは当然として、その後は西行(12世紀)、オスマン(19世紀フランス、前掲)、康熙帝(17~18世紀清)、ハドリアヌス(1~2世紀古代ローマ)、ヌール・アッディーン(12世紀シリア)と続いていく。この選択順にも著者の興味が表れているのだろう。



 各人物の略歴・エピソードを述べながら寸評を加え、さらに現代政治との絡みを語るというスタイルで進んでいく。古代ローマの哲学者セネカについては、「セネカの言葉は彼の世俗生活を目にすると虚しく響くことがある。あれほど金銭や権勢を軽んじていながら、羨ましいほどの大富豪であった」(P.38)と述べ、清廉のイメージのあった中国の温家宝前首相の家族の巨額蓄財疑惑に触れるという具合である。

 西アジア(シリア、エジプト)ではヌール・アッディーンとアル・カーミルが取り上げられているが、これはこの地域の歴史の人物というより十字軍の相方という関心であろう。ヌール・アッディーンは十字軍に対して反撃したザンギー朝の第2代目君主でダマスカスの支配者。1156年にシリアを襲った大地震の後は「戦争より復興を選んだ名君」として描かれているが、この評価が果たして妥当なのかは意見が割れるだろう。3・11以降の日本の政治状況に寄せた表現なのではないか。

 神聖ローマ皇帝(シチリア王)のフリードリヒ2世とアイユーブ朝のスルタンのアル・カーミルによって実現した無血十字軍(1229年)の「世界の驚異」の話は対になっている。教皇権の絶頂期のイノケンティウス3世による十字軍遠征命令をはぐらかし、ついに破門されたフリードリヒ2世は、イスラーム文化のあふれるシチリアで育ち、アラビア語を解し、アル・カーミルとアラビア語で書簡を往復したという。それが10年間の休戦をもたらした一つの要因だという。「この休戦の背景には、為政者の相互理解とともに。それぞれの側の軍事力という静穏なる威圧がある。…やはり、防衛のための軍事力なくして平和共存などありえないのだ」(P.85)と著者は言う。10年間の休戦を功績と見るか、あるいは10年しか持たなかったかと見るかによっても別れる見解だろう。

 中国史の人物の選択も独特である。「乱世の姦雄」と謳われた曹操を「中国のカエサル」とする評価は妥当なのだろうか、あるいは「稀代の変節漢」と難じられた馮道による大文化事業の達成を、世人から敬愛されていたからという。それ以外の鄭和、王直、康熙帝、林則徐に共通しているのは、中国と海外との関係である。アヘン戦争を戦った林則徐を大英帝国と戦った民族主義の英雄とのみ評価していない。「民族主義の英雄ならどこにでもいる。だが、林則徐はこの時代にあって広く世界に目を開き、その情勢を正確に見定めようとしたのだ」(P.145)と述べ、現在の中国の独善を戒めている。総じて、尖閣諸島、南シナ海などに象徴される中国の覇権主義、海洋拡張主義への危機感が背景にある。それに反対する根拠として国際法を挙げているのは、古代ローマ史専攻の著者らしいといえる。



 それ以外のアジア史の登場人物を見てみると、朝鮮では李舜臣、金玉均という日本との関連の深い人物が取り上げられている。金玉均の急進開花思想と福沢諭吉らの影響が述べられている。タイのチュラロンコン王は明治天皇と比較され、フィリピンのホセ・リサールの殉難と3・11以降の日本をなぞらえる。またインド史のの2人(ハルシャ・ヴァルダナとシヴァージー)はともに分裂が常態のインドにおいて、一部の統一を達成した君主であるが、そこに中国に続いて経済大国にのし上がろうとしているインドのヒンドゥー・ナショナリズムの源を見ようとしている。

 日本史の人物でいうと、保科正之であろうか。会津藩主というより、徳川家綱輔弼の臣というイメージだが、明治維新まで会津藩は「会津藩家訓」が支えていたのだろうか。続篇では1780年代に会津藩家老になった田中玄宰による天明の大飢饉切り抜けの藩政第改革が触れられている。ローマ人の「父祖の遺風」の本邦版だという。これも、3・11以降の政争に明け暮れる日本の政治家、特に著者が期待していたと思われる小沢一郎への挽歌なのだろうか。

 前回(続篇)でも、取り上げられた51人の地域・国籍(民族別)を勘定してみたが、本書の場合はどうであろうか。以下のとおりである。

  古代エジプト:1
  古代ギリシア・ローマ:9(ハンニバル含む)
  中世ヨーロッパ:3(ロシア、フランス、ドイツ)
  近代西ヨーロッパ:12(オランダ、スペイン、フランス4、ドイツ2、英国3、イタリア)
  北アメリカ:4
  西・南アジア:5(西アジア3、インド2)
  東南アジア:2
  東アジア:15(中国7、朝鮮2、日本:6

 本書には、アフリカはおろかラテンアメリカもない。

 続篇と合わせると、総計102人の選択でより傾向ははっきりする。
  古代エジプト:1
  古代ヨーロッパ:17(ギリシア4、ローマ11)
  西・南アジア:12(インド3、トルコ4、ほか)
  東南アジア:3
  東アジア:28(中国15、朝鮮3、日本10)
  中世ヨーロッパ:3
  近代ヨーロッパ:29(英国9、イタリア6、フランス5、ほか)
  アメリカ大陸:9(米国7、南米2)



 一見、自由でのびのびとした人物選択に見えるが、かなり偏りが見える。もちろんそれは好み、あるいは得意不得意の問題だから、とやかく言うことではないが。本書の「はじめにー世界史の風景」に、次のようにある。「歴史は文字とともにはじまります。記録されなければ、出来事は忘れ去られてしまうからです」(P.i)。きわめて正統的かつ保守的な歴史観。西洋それも古代史を専攻したというのが表れていると思われる。エジプトに始まり、ギリシア・ローマがヨーロッパ文明の源流で、さらに世界史の本線であるという思考。アフリカは出てこないし、ラテンアメリカや東南アジアもきわめて少数になる。

 私は世界史の中のアフリカ史の欠落に気がついてアフリカ史を志した歴史学徒であるから、当然不満はある。地球が回っているなかで、探検家が入る前のアフリカやスペイン人が侵入する前のラテンアメリカに住んでいた人びとに歴史がなかったはずはない。それは考古学とか文化人類学の研究対象とか限らず、歴史学の対象でもある。考古学的資料、数少ない外来者の文献史料だけでなく、口承文学を含めて歴史は再構成できると思う。その場合、権力者、勝利者の歴史だけではない者が浮かび上がってくるはずだというのが私の立場である。

 本書のクルティウスの項に、トロイヤ遺跡の発見者シュリーマンに対して「鼻持ちならない成り金の素人学者」(P.165)という評言があるが、これは著者の評価だろうか、あるいはクルティウスのそれだろうか。どちらにせよ、また武器商人として富を蓄積したシュリーマンの履歴のいかがわしさは措いておくとして、専門の歴史学者の現代社会に対する最近の無力さは否定できないのではないだろうか。専門が細分化され深化していくなかで、プロとアマチュアの差は格段に開いたのだろう。しかしその分、プロの歴史学者による世界史認識はどうなっているのだろうかという危惧がつきまとう。

 その観点からいうと、古代ローマ史が専門のプロの学者の世界史の叡智の話(試み)は、偏っているとはいえおもしろかった。そして現実の国際政治、特に東アジアの状況に歴史の教訓を生かそうとする。EUの父といわれたシューマンの平和共存への意欲や、理想主義者であったウッドロー・ウィルソンの現実感覚、そして国際人であり愛国者であった新渡戸稲造という選択もそうだろう。しかし、「歴史認識」をもてあそぶ各国の政治家たちは、実は歴史の勉強などほとんどしていないのではないか、単なる過去のことと決めつけ、現在の取引材料としか思っていないのではないかと感じられる。「歴史修正主義」といって、どういう歴史認識をどう修正しようとしているのか、基になる歴史認識がはなはだお寒いものでしかないように感じられる。「新しい世界史」を志向する専門の歴史学者の奮闘を期待したい。

 

☆肖像画は本書のなかから。

 

☆参照文献:
 ・本村凌二『世界史の叡智 悪役・名脇役篇―辣腕、無私、洞察力の51人に学ぶ』(中公新書、2014年5月刊) 
 ・高山博『中世シチリア王国』(講談社現代新書、1999年刊)
 ・佐藤次高『イスラームの「英雄」サラディン』(講談社学術文庫、2011年刊、原著1996年刊)

(2015年6月1日)






バックナンバー

トップページへ戻る