読書ノート




読書ノート No.108


 

アントニー・ワイルド『コーヒーの真実』


根本 利通(ねもととしみち)


 アントニー・ワイルド著、三角和代訳『コーヒーの真実-世界中を虜にした嗜好品の歴史と現在』
 (白楊社、2011年11月刊)。

『コーヒーの真実』
 本書の目次は次のようになっている。
  1章 わたしたちとコーヒー
  2章 コーヒー文化の起源
  3章 中国の茶、トルコのコーヒー、そしてウィーンのカフェ
  4章 種子をめぐる攻防戦
  5章 近代社会はコーヒー・ハウスから
  6章 モカの凋落
  7章 奴隷制とコーヒー植民地
  8章 ナポレオンの大陸封鎖と代用コーヒー
  9章 コーヒーの要衝セントヘレナ
  10章 ブラジルはいかにしてコーヒー王国になったか
  11章 大博覧会の水晶宮で
  12章 コーヒー商人アルチュール・ランボー
  13章 コーヒーの現在
  14章 コーヒー、科学、マーケティング
  15章 陰謀と策略-アメリカ合衆国の黒い影
  16章 フェアトレード
  17章 エスプレッソ-コーヒー界のエスペラント
  18章 ベトナム、そして闇の奥

 「プロローグ」は、1502年5月21日のジョアン・ダ・ノーヴァ率いるポルトガル艦隊がセントヘレナ島を望見したところから始まる。文献によってはこの艦隊は望見して通過したとなっているが、本書では上陸して探検し、山羊を残したとなっている。このセントヘレナ島とナポレオンが狂言回しとして、たびたび登場する。

 1章では現在の世界のコーヒー産業が抱える問題を概観している。現在、コーヒー生産者に払われている絶望的な低価格という大問題。世銀などの推計では、コーヒー栽培に生計を頼っている人たちは1億2500万人、コーヒー産業に直接・間接に関与している人たちは5億人いるという。しかし、生産国が受け取る金額は1991年には世界市場の300億ドルのうちの120億ドルだったのが、現在(2002年?)は550億ドルのうちの70億ドルに過ぎなくなっているという。コーヒー生産者価格の大幅(80%!)な下落、大手焙煎業者(ネスレなど)の利益増大、スターバックスの成長というグローバリゼーションの進行の背景を探ろうとする。

 2章~12章では、コーヒーノキ、コーヒー文化の起源と歴史をたどっている。アラビカ種のコーヒーノキの原産地はエチオピア高原南西部でいいのだろう。コーヒーの利用、飲む習慣の起源はいくつか説が分かれるらしい。本書では15世紀前半のイエメン(アデン)におけるスーフィー教団の導師たちの利用を有力とみなしている。そして同時期に行われた明の鄭和の艦隊の遠征と絡めて、中国の茶の飲用やその焙煎方法が影響を与えたのではないかという仮説を追っている。さらに遡った時代の記録も求めていて、1996年にアラブ首長国連邦のクシで発見された炭化したコーヒー豆2粒の12世紀の可能性に本書の「補遺」で触れている。そしてそれが確実になれば、9世紀のアル・ラーズィーや10世紀のイブン・スィーナーの記述の信憑性にも及ぶことになる。

 この9~10世紀の先駆者はイスラームの医師であり、またスーフィーの導師たちも「神に近づくため」、夜に眠くならないようにコーヒーを使用したようで、初めのころは薬、覚醒剤、興奮剤といった側面があり、カートやハシシ、タバコ、ワインなどと同列に論じられて禁止されたりしたことも各地であった。またコーヒー・ハウスはメッカやカイロやコンスタンティノープルでも、そしてパリ、ロンドン、ウィーンでも酒場と同じように社交場であり、かつ酩酊しないために政治的な談義、さらには革命の温床とみなされることもあったという。

 17世紀はモカという名のアラビア、エチオピアのコーヒーが優勢だった。モカは種子、苗木を守ろうとしたらしいが、何とかして持ち出そうとする輩はいるものだ。オランダ東インド会社がセイロン、ジャワで栽培を始め、特にジャワの住民に対して行った割当制度という半奴隷的強制で大幅に扱い高を伸ばし、19世紀初めには世界の消費の4割以上を生産していた。そして18世紀には西半球の、マルティニーク島、イスパニョーラ島、ジャマイカ島などのカリブ海の島々、グアテマラ、コスタリカなどの中央アメリカ、そしてコロンビア、ベネズエラ、ブラジルなどの南アメリカに広まっていき、モカは凋落を余儀なくされる。


キリマンジャロ小農のコーヒー畑

 西半球でのコーヒー生産は、17世紀に達成されていた奴隷制によるサトウキビ生産という下地に支えられていた。一時期、大量に産出していたイスパニョーラ島が、フランス革命に連動するハイチ独立革命で下降すると、それに代わって独立したブラジルが広大な土地と豊富な奴隷労働力を生かして増産し、20世紀初めには世界の生産の90%にも達することになる。消費者側では、「ボストン茶会事件で」宗主国英国の紅茶と縁を切った米国が、コーヒー消費大国として成長していく。

 コーヒーの歴史をたどる旅は、1891年に死んだ元天才詩人、コーヒー商人から武器商人になったアルチュール・ランボーで終わる。「コーヒー貿易はかつてそこにあったロマンの大部分を失ってしまった。…20世紀となり、コーヒーは現代社会の一員となった。…戦争では兵士たちと行進し、…スーパーマーケットの棚で消費者を誘惑し、…思いのままにコーヒーを利用する一握りの多国籍企業の手に落ちた。コーヒーを実際に生産している人々は後方に取り残され、こうして20世紀の終わりには、コーヒーは西側諸国のみがそのノウハウを知る商品となり、一大事業となった」(P.200~1)。

 13章~18章は現在のコーヒーの置かれている状況を分析する。包装技術の発展から、コーヒーは世界的商品になっていたのだが、インスタント・コーヒーというまがいもの(?)の登場が大きいことを指摘する。特に第一次、第二次の世界大戦での兵士の携行品としての利便性、最大の消費大国米国兵士の利用から文化になっていった。また当初からあった「カフェインの健康に対する影響」に対する危惧を、否定する方向で業界に奉仕する科学団体も登場する。

 著者はいう。「コーヒー生産を収入源とする地元の労働者は、先進国の市場のために、最低限のコストでコーヒーを生産している。おもな違いは、「国旗の後ろに商売がついてくる」という…暮らしから力のある企業が実際の植民地化という重責を背負わずに、WTO、世界銀行、IMFといった現在の他国籍団体を利用し…こうした多国籍団体や企業のニーズに応じて国内政治が歪められ、貧困にあえぐ農民にとって、民主主義という概念はまやかしの正統性しかもたず、無理やり労働させられるだけの支配にほかならない」(P.223)。

 コーヒーの3分の2を生産し、3分の1を消費する西半球=南北アメリカは巨人米国の裏庭と位置付けられる。ブラジルを除いたメキシコ、グアテマラ、ニカラグアなどの中米諸国、コロンビアなどの現状が分析される。共通するのは、先住民を虐殺、土地を収奪して入植したスペイン系、そしてドイツ系などの大農園経営を守る寡頭制、あるいは軍事政権。冷戦時代の共産主義の脅威から守るための米国の積極的介入。「スクール・オブ・ジ・アメリカズ」という拷問、脅迫、暗殺などのための訓練学校。ニカラグアのサンディニスタ革命に対するコントラの活動は名高い。麻薬カルテル対策と称して、モンサントなどによる除草剤散布の影響など枚挙にいとまがない。多国籍企業による植民地化の現状である。

 16章では、そうしたコーヒー産業のマイナス部分に対して考えられ、成長していった「フェアトレード」を取り上げる。その起源として、オランダによるジャワのコーヒー栽培の構造的批判をしたムルタトゥーリ著『マックス・ハーフェラール』(1860)を紹介し、20世紀後半から起こったオックスファムなどのフェアトレード運動を概観する。しかし、手放しで称賛はしない。「コーヒー貿易は植民地体制の遺産であり、貧しい熱帯諸国で生産され、豊かな温帯諸国で消費される。フェアトレード…という概念は、この貿易が不変であるという仮定を前提としており、それがより公正で環境にやさしいものであると装うことにある」(P.279~80)という。


キリマンジャロ・フェアトレード・コーヒー

 17章では、イタリアから始まったエスプレッソという淹れ方の評価、そしてそれを取り入れたスターバックスの世界戦略を考察している。著者の評価では、「エスプレッソは良いコーヒーを淹れるすばらしい方法であって、すばらしいコーヒーを淹れる良い方法ではない。つまり、シングル・オリジン・コーヒーの良さを引き出せない」ということである。またスターバックスについても、遺伝子組み換え牛成長ホルモンを用いて生産されたミルクの使用とか、売り物の東ティモール産のオーガニック・コーヒーの起源にも苦言を呈している。ただ批判するだけでなく、コーヒー・ショップの消費者が最低限のコストを負担して、栽培農家を支えることを提案している。

 18章では、1980年代には世界42位だったベトナムのコーヒー(ロブスタ種)生産が、200倍以上に生産を増やし、2001年にはコロンビアを抜いて世界2位であることを考察する。このベトナムでの生産の急成長が、現在の「コーヒー危機」の一要因としてあること、融資をした世界銀行がその責任を認めないことを語る。さらにベトナム戦争中に広範囲に撒かれた枯葉剤(ここでもモンサントの名が出てくる)によるダイオキシンの残留の影響も深刻らしい。「歴史として片づけられるはずの歴史の内容―帝国、奴隷制度、宗教戦争、圧制、飢餓と疫病-は、わたしたちの恐怖に満ちた目の前で繰り広げられ、わたしたちはもはや過去を懐かしむことはできない。いまここに生きる「わたしたち」は、当時の「彼ら」からちっとも成長していないことが、明らかになってしまった」と結んでいる(P.307)。コンラッドの『闇の奥』の世界からつながってきているのだろうか。

 野心家のジャーナリストのようなかなりあざとい書きだしである。これは眉に唾をして読まないといけないという印象が最初だった。本書の原題は『Coffee-A Dark History』となっており、「暗黒の歴史」の蓋を開けることを著者が意識していたことは「はじめに」に書かれている。その部分の色彩を消したのは訳者か、あるいは出版社の意向だろうか。ただ読み進むにつれて、著者は奴隷貿易・奴隷制、植民地主義などに真摯に向かい合おうとしているのかもしれないと思い出した。

 本書が出版されたのは2004年である。いわゆる「コーヒー危機」と呼ばれた時期は2000~04年くらいだが、コーヒーのニューヨークの先物市場で史上最安値をつけたのが2001年12月だったから、そこら辺が調査・執筆のきっかけになったのだろうか。本書の中で「現在」と書かれているのは、2002~03年のことだろう。私が「フェアトレード」という言葉を認識したのもそのころのことだと思う。

 私の友人の故郷であるキリマンジャロ州のルカニ村のコーヒー豆を対象に、「ルカニ・フェアトレード・プロジェクト」が辻村さんを中心として立ち上がったのは2001年のことだったと思う。友人の知っている村の経済的苦境を救えるのならというくらいの認識で側面援助はしてきたが、世界のコーヒー業界の全体図を理解するところまではいっていなかった。辻村さんの著書も完全には理解できていなかったのかもしれない。

 本書の著者は英国人だろうが、焙煎業者の買い付け責任者を13年勤め、スペシャリティー・コーヒーの紹介者として有名な人らしい。従って、コーヒーの品質・風味の評価は信用していいのだろう。わたしが興味を持った=理解が進んだのは植民地主義と奴隷制によるコーヒー生産の西半球における展開である。世界のコーヒー生産の主要産地である中南米の実態とその歴史的背景については初歩的な知識しかないので、本書の内容を信用するしかない。一方、コーヒー飲用の起源に関するイスラーム世界や中国の飲茶との関連には首を傾げる部分もあり、点検が必要だと思われる。

 

☆参照文献:
 ・辻村英之『おいしいコーヒーの経済論-「キリマンジャロ」の苦い現実』(太田出版、2009年。増補版2012年)
 ・辻村英之『コーヒーと南北問題-「キリマンジャロ」のフードシステム』(日本経済評論社、2004年)
 ・臼井隆一郎『コーヒーが廻り世界史が廻る-近代市民社会の黒い血液』(中公新書、1992年)
 ・ニーナ・ラティンジャー/グレゴリー・ディカム著、辻村英之監訳
  『コーヒー学のすすめ―豆の栽培からカップ一杯まで』(世界思想社、2008年)
 ・伊藤義将『コーヒーの森の民族生態誌―エチオピア南西部高地森林域における人と自然の関係』
  (松香堂、2012年)

(2016年5月15日)






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