読書ノート




読書ノート No.27


 

大津司郎『アフリカン ブラッド レアメタル』


根本 利通(ねもととしみち)


 大津司郎『アフリカン ブラッド レアメタル』(無双舎、2010年4月刊、1,200円)。
 副題には-94年ルワンダ虐殺から現在へと続く『虐殺の道』と付いている。

『アフリカンブラッドレアメタル』
 本書の構成は次の通りである。

第1部 「血の季節」
第2部 コンゴの戦い虐殺は何処へ行った
エピローグ-エピローグはプロローグ

 副題を読むと何か際物のように感じする。さらに帯には「アメリカvs中国の資源戦争がアフリカ人を殺す!」、「アフリカの真実はこの厚さ30ミリの中にある!」とあり、ますます怪しい気配になる。おまけに著者の写真も載っているので、購入するには勇気が要るだろう。

 しかし、内容はそうではない。著者大津さんは大先輩の信用おけるジャーナリストである。アフリカ、特に東・中央アフリカの、その紛争地を文字通り体を張って取材されてきた方である。本書が発刊されたのは知っていたが、著者を存じ上げているのでひょっとしたら贈呈してくれるかなと甘い期待を持って待っていたが、音沙汰ない。著者の性格を考えたら「お前、買うのが礼儀だろ」と言う声が聴こえたので、一時帰国した際に購入した次第である。

 蛇足を先に持ってきてはいけない。内容を簡略に紹介しよう。ルワンダのあの1994年のジェノサイドとその後の東部コンゴにおける内戦(現在進行形)の国際的な背景を解き明かそうとするものである。虐殺が後から後から描かれているし、著者の撮った生々しい写真ふんだんに載っているので楽しい読物ではない。

 第1部では1994年のあのルワンダのジェノサイドの背景とその展開に触れる。あの100日で80万人が虐殺された事件である。1994年4月6日、ルワンダのキガリ空港で着陸態勢に入った飛行機が、何者かのミサイル攻撃によって撃墜され、乗っていたルワンダ(とブルンジ)の大統領が死亡した事件に事は始まる。この事件の真犯人は依然解明されていない。

 時をうつさずに軍だけでなく、大統領警護隊、フツ系過激派民兵(インテラハムウェ)による組織だったツチ、フツ穏健派殺戮が開始される。あらかじめ準備していたとしか思えない効率だった殺戮。一方北部に待機中だったツチ系反政府ゲリラ(RPF)もすぐさま反応し、内戦に突入した。キガリに展開していた国連PKOはなすすべもなく内戦を傍観し、結局撤兵していくのだが、この間当時国連本部でのPKOの責任者であったコフィ・アナン、そしてアメリカ合州国(クリントン政権)ができるだけ介入を避けるように努力したことは銘記されていいと著者はいう。

 機械的に「灌木刈り」や「畑仕事」のように人間を殺して行った人間の心、それを煽ったラジオというのは恐ろしい。しかしここでは「人間性」を見つめるのではなく、事実を直視したいと思う。ルワンダ政府軍、民兵を訓練したフランス軍、そしてそれに対抗したRPFはアメリカ軍の訓練を受けていたわけだ。大虐殺と内戦が同時進行していたことを忘れてはならないと著者は繰り返す。内戦の末期、フランス軍は「人道的軍事介入」と称して、フツ系軍、民兵、難民がコンゴへ逃げる時間稼ぎをした。そして勝利者となったRPFも唯一の機会をものにして35年ぶりに帰還できたわけで、コインの表裏だという。

大津司郎
 第2部では、1994年に東部コンゴに逃れたフツ系過激派(ジェノサイドの実行者)たちを追って、ルワンダ現政府が起こした越境攻撃に始まる、第一次、第二次のコンゴ侵攻(アフリカ大戦)に触れる。

 100万人を超える難民のキャンプは、UNHCRの手に余っただろう。当初何の態勢も取れないときにコレラが蔓延して、多くの人が亡くなった。それに対し「虐殺阻止の依頼には首を縦に振らなかったアメリカも死体処理には積極的だった」という(P.196)。その難民キャンプは旧ルワンダ政府の体制が維持され、役人、軍人、民兵などが、援助物資の分配を仕切っていた。またルワンダへの反攻の越境攻撃の基地ともなった。一般難民は「帰国すれば殺されるぞ」という脅しのなかに生きていた。

 そういうキャンプをたたくためにアメリカとウガンダに支援されたRPFが起こしたのが、1996年10月の第一次コンゴ侵攻である。ただここには東部コンゴの複雑な民族状況があり、ルワンダから逃げてきたフツ系難民だけではなく、地元のコンゴ人の民兵とモブツ大統領支配下のコンゴ政府軍、フツ系コンゴ人(バニャルワンダ)、ツチ系コンゴ人(バニャムレンゲ)が存在していた。PRFは、地元のコンゴ人、その向かいチェ・ゲバラと行動を共にしたこともあるロラン・カビラを頭目に担ぎあげ、ADFLという反政府連合を作り、主力はルワンダ軍(PRF)とバニャムレンゲであった。フツ系過激派が仕切る難民キャンプを粉砕し、50~60万人の難民は東方のルワンダに帰国した。しかし、ほぼ同数の難民が帰国できないフツ系過激派に追い立てられ、西方のジャングルに向かったという。

 残ったフツ系過激派・難民を追って、ADFLはアメリカ軍の支援を受けながら、キサンガニ、カタンガと進み、最後にキンシャサを落とし、モブツ政権を倒す(1997年5月)。ロラン・カビラは長年の夢の大統領の座を手に入れたが、コンゴに平和は来なかった。1998年8月、カビラ政権打倒を目指してRCDという反政府組織が作られ、それを支援してルワンダ、ウガンダ軍が侵入し、一方でアンゴラ、ナミビア、ジンバブウェがカビラ政権を支援するというアフリカ大戦が始まってしまった。

 この過程で何回かコンゴ東部を訪れた著者は、天然資源(象牙や金)、特にレアメタルに群がる人びとと出会う。まさに山師たちが、コールタン、カセテライトなどの闇取引で生きている姿を目撃する。PMC(民間軍事会社)という傭兵会社も登場する。それまで利権を握っていたフランス、ベルギーが退場させられ、アメリカ、カナダ、南アなどが変わって登場してくる。ネルソン・マンデラも切り札として使われたのかもしれないという。

『世界最悪の紛争「コンゴ」』
 エピローグでは、2009年以降の現在進行形のコンゴの内戦に触れる。2001年にロラン・カビラは暗殺されるが、アフリカ大戦は集結し、暫定政権が発足する。しかし、フツ系過激派の残党であるFLDR+コンゴ人民兵マイマイの活動に対し、ツチ系コンゴ人のCNDPとの戦いは続いている。アメリカに支援されたルワンダをバックにしたCNDPの優勢は動かない。

 フランス系とアングロ・サクソン系の植民地争奪以来の利権争いという見方もしているが、はたして東部コンゴの利権争いにイギリスがどの程度積極的な関与をしているのか。南アの鉱山企業はほとんどはイギリス系であるが、英米一枚岩であるとは思えない。さらに帯に書かれている中国の進出であるが、やや短すぎて、それまでの論調に比べて説得力に欠ける。これからの分析を待つということか。

 ただ、著者はいう。「一つだけ気になることがある。世界の存在、利害がぶつかり合うアフリカ、世界の最前線に、日本の存在がほとんど見えないことだ。……つまり人間である日本人自身のアフリカへの関心と挑戦だ。中国やアメリカのやり方を言葉だけの”平和”論から批判するのは簡単だ。しかし自ら参加し関わることなく、遠くからもの言うのは人間的説得力に欠ける」(P.375~6)。大学生のころからアフリカを目指し、タンザニアで協力隊生活を送った大津さんらしいと思う。

 実際に戦闘が続いている場合における国連(UNHCR)の無力さとか、西欧諸国の「人道的援助」に対する幻想は吹っ飛んでしまうだろうと思う。中国のアフリカ進出に対する批判もしょせん五十歩百歩なのだ。しかし、諦めるわけにはいかない。2007~9年、UNHCRのゴマ所長として奮闘された米川正子さんの新書本も比較参照しながら読むといいと思う。

 ついこの前の2012年11月下旬にM23と呼ばれるCNDPの流れを汲むコンゴ在住ツチ系の武装勢力が、ゴマの町を占拠した。「朝日新聞」のナイロビ特派員がちょっと情けない記事を書いていた。「アフリカの民主化」なんてお題目を本当に信じているのだろうか?ルワンダの大虐殺が東部コンゴに飛び火したのではなく、最初からのシナリオ通りの一連の出来事なのではないか。まだまだ資源をめぐる武力闘争は終わらず、多くの女子どもたちの死体は積み重なっていくのだろうか。

 一つだけ文句を言いたい。なぜ「ツチ族」「フツ族」と表記するのだろう。ルワンダ内戦は「部族紛争」でないことは明らかで、大津さんもそう述べているのに。単なる慣用で21世紀に生きるアフリカの人たちを「部族」という形で分類するのは差別でしかない。差別語には敏感でありながら、その意識は保守的で「慣用なので」としか根拠を示せない日本のマスコミと大津さんは一線を画しているはずなのだが。

☆参照文献:米川正子『世界最悪の紛争「コンゴ」』(創成社新書、2010)

(2012年12月15日)






バックナンバー

トップページへ戻る